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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
力士の怪我による番付の地位保全をはかれ
鶴竜は頑張っている 引退をする必要がどこにあるのか

横綱鶴竜は昨年の6場所中5場所を休場したというが、休場の原因が、右足首と腰も状態を悪化させたものである以上、休場は仕方ないと言える。一度怪我を負うと、本場所、地方巡業と日々相撲協会に急かされる中で、一体何時療養に専念できるのかと思う。年6場所の興行は多すぎるのではないか。体格も人並み外れて大きい力士が、激しい相撲をとっての怪我は、十分に治療しなければ容易に完治するものではなく、軽視すれば力士生命を縮めてしまうだろう。

横綱だから休場しても構わないとは言わないが、横綱以外の力士も怪我をすると、あれよあれよで幕内から十両に落ち、幕下に名前が消える。取組の上での怪我を公傷として認め、番付表の上で身分を保全してあげる配慮(規則)が必要である。相撲協会は力士を酷使し過ぎる。厚労省も文科省も力士の処遇の改善に一歩踏み入れなければ、有能な力士の消耗でことを済ましてはならない。人権軽視の面が強いように感じる。

その意味で、鶴竜が背水の陣で土俵に上がり、10連勝したことは十分に休場明けの横綱としての責任を果たしたものと言える。仮に初場所優勝できなかったとしても、引退を勧告するようなことを横綱審議委員会は口にすべきでない。

寧ろ、力士が力士として相撲が取れる環境を如何に創り出すかが問われているのであって、これを無視するならば新弟子検査に若者は参じない事態に陥る事となろう。力士が主役。協会役員や審議委員が土俵に上っても拍手は起きまい。TVの話題になっての相撲協会の収入にはならない。力士以外は刺身のつまに徹した組織が必要だ。

頑張れ、稀勢の里、貴ノ岩、照ノ富士、十両の休場した力士たち、幕下 三段目、序二段、序の口の将来の横綱を目指す力士が、万一怪我をしても真剣に土俵にあがって相撲ができる組織でなければならない。




テーマ:今日のつぶやき - ジャンル:ブログ

横綱 稀勢の里 焦ること勿れ
稀勢の里の怪我を再検証すべきだ

稀勢の里は、2017年春場所13日目、横綱日馬富士との対戦で土俵に落とされ左上腕部を負傷した。
この日の取組録画を何度も見るにつけ・・・

日馬富士がモンゴル勢を代表しての稀勢の里に放たれた刺客とは思いたくない・・・
又、千秋楽で照ノ富士が二人目の刺客とも思いたくないが・・・
貴ノ岩の傷害事件が表沙汰になることにより、稀勢の里には土俵の上での出来であれば、傷害を負わせても、違法性阻却とされ何のお咎めもないことを悪用した、これから伸びる力士に対して、刺客が放たれた感を抱くようになった。

貴ノ岩に対する傷害は、事件の端緒として、事の原因と経過を知れば知る程、白鵬作成の「お説教」で惹起されたことは顕著である。であれば、それより先立つ、昨年の春場所の13日目から千秋楽までのモンゴル力士の行動を再検証すべきと感じる。

13日目の日馬富士戦で深傷を負った稀勢の里が、千秋楽に照ノ富士との取組。稀勢の里が本割に勝ち、更に優勝決定戦において勝つことは常識的に考えても難しい。明らかに照ノ富士が有利にも拘わらず、勝負は稀勢の里は連勝して優勝した・・・
稀勢の里は逆転優勝を飾ったが、実質的に2017年春場所13日目の日馬富士との取組で、刺客によって力士生命を絶たれるほどの深傷を負ったのではないか。14日は、あまりにも深手を与えてしまった稀勢の里に対する、モンゴル勢の見舞金若しくは罪滅ぼしの優勝を譲る行為でなかったか。

日本人が熱望した日本人の横綱は、モンゴル出身の力士らにとって、利権の障害になると談合したのかもしれないが、日馬富士は貴ノ岩に対する傷害事件で引退に追い込まれ、照ノ富士も大関陥落し、横綱鶴竜も引退が囁かれている昨今・・・

前記のとおり、貴ノ岩に対する傷害事件の端緒は、白鵬の身勝手で執拗な「貴ノ岩に対する越権的な説教」であったことが判明したが、刑事事件はお咎め無しで且つ相撲協会も生温い処分に留めたが、この処分に相撲ファンは少しも納得していない。

白鵬は、再三に亘り横綱にあるまじき立ち合いの際に、かちあげと張り手の必殺二手で、何度優勝回数を重ねても姑息な勝利でしかない。今場所は必殺二手が封じられ、如何に白鵬が姑息な立ち合いであったかを自ら証したかのように、2敗をして早々に休場である・・・
品格が取り沙汰されている力士は、最早土俵を去るべきではないか。

休場明けの力士が優勝することは期待できない。然し鶴竜は5日目まで負けなしであるのが信じられない。後半どのくらい星を伸ばせるか注目したいが、まさかまさかの八百長相撲による優勝はありえないだろう・・・

稀勢の里が昨年春場所で負った傷は、極めて致命的な傷であることが、春場所以降の休場或いは途中休場でも推測できる。稀勢の里は左上腕部の損傷を徹底的に治療するためには、外傷と異なり1年位の療養が必要と考える。焦らせることなく治療に専念してもらいたい。刺客によって負わされた傷とは思いたくないが、刺客の一撃は古来から必殺でしかない。あまりにも角界はどす黒い噂が渦巻きすぎないか。土俵の上で、且つ取組を利しての合法的な刺客行為が行われたと感じてならないのは、私だけではあるまい・・・

稀勢の里 弱音を吐くな 1年かかっても 2年掛かっても治療に専念して、国民の願いに応えて必ず再起し、賜杯を高く掲げて欲しい その名を名横綱として歴史に刻め


青春は歌で蘇る
白い思い出

遠い遠い高校時代に思いを走らせる・・・

ある学年の夏、戸隠にキャンプに全学年で行った折に・・・
標高の高い戸隠と言えども、夏は照り暑いのに、炎天下の草原で
新任の先生がガリ版で刷ってきた歌詞を配ってくれた・・・
ガリ版刷りには、夏だのに「雪が・・・」と歌詞が書いてあるではないか?
真夏の真っ盛りに「雪」の歌かよ・・・

先生は一向に季節にとらわれないらしく
「この歌、いい歌だからみんなで歌おう。」と、何遍も何遍も繰り返して歌ってくれた
初耳の歌であってか、誰も先生の後についていけなく、黙って聞くほか無かったが・・・
それでも女子生徒が、先生の後について歌い始めると、やがて一人二人と人数が増えて
やがては全員で先生の後について歌った・・・

  雪が降ってきた ほんのすこしだけど・・・
  わたしの胸の中に 積もりそうな雪だった・・・

遠い遠い思い出ではあるが、「白い思い出」の歌はいぶし銀のように
いつのまにか、我が人生において雪が舞う度に、口ずさんでしまう歌となった・・・

二十歳代は東京生活であったが、田舎と東京では雪の降る時期が異なる
春先に東京に雪が舞うと なぜかしら故郷の雪が思い出され

    雪が降ってきた ほんのすこしだけど・・・

を口ずさんだものである

その後、郷里信州に戻ったが、
郷里は厳冬の毎日であるが、それでも毎日雪は降らない
雪が舞うと なぜかしら

    雪が降ってきた ほんのすこしだけど・・・

を自然に口ずさむ

この齢になると、椿の花弁が落ちるように同級生の訃報が舞い込む
黄泉に招かれた同級生も、屹度この「白い思い出」を雪が降ると口ずさんだんに違いない・・・

新任教師から真夏の太陽の下で教えてもらった「白い思い出」は・・・
何故先生がこの歌を選んだか 今となっては知る由もないが
戸隠キャンプ場の草原と青い空  遥かに仰ぎ見る戸隠連山
ギラギラと輝く太陽が今でも思い出される

青春の彷徨に一抹の不安を抱いていた私の心の中に
この歌は 様々の思い出と共に歩んできた

「クラス仲間はいつまでも」と語り明かした夕べ・・・
青春時代に約束した思いは 
この齢になるとほぐれつつあって 寧ろ虚しさがつのる
さらばの声をかけずに逝った我が良き友よ
君のご冥福を祈ろう

今になって、「白い思い出」はつくづく心に残る名曲と言える・・・



須坂がきらりと光った行事2題
平成30年須坂市消防出初式

平成30年1月7日、恒例の消防出初式は、式典を第一式場の須坂小学校校庭で挙行。辞令交付・表彰式を第2式場の須坂市文化会館で執り行われました。

出初式は須坂市が一年の事始めの行事と言えます。昨年は16件(前年度比-1)、死亡2名の火災がありました。今年は50名の新団員が叶いました。
「地域の連携の強化を図ることが、地域の災害を防ぐことにつながる。如何に予防消防に努めることが大切で重要である。」との長野地域振興局長の祝辞を聞き入りながら、将にその通りであると出初式に参加しながら感じました。

今年こそ無火災の一年でありますように願うものであります。


H30年消防出初式


成人おめでとうございます

平成30年1月7日、「平成30年須坂市成人式」が須坂市文化会館で執り行われました。今年は553名の新成人でありました。式典開会の初めに、新成人、市主催者、来賓、関係者全員で「須坂市民歌」を斉唱し、須坂市民として心を一つにしてから新成人を祝う式典に入りました。

≪須坂の宝である 新成人の門出に贈ることば≫
人生は、立志したうちのどのくらいの目標が叶うものでしょうか・・・
然し二十歳代は、如何なるものにも恐れず挑戦すべきです。
私は19歳の砌、政治家になる夢果たすためには、法律を学ばねならないと思い立ち上京しました・・・

この夢は、平成29年齢70にして漸く両方が叶いました。省みれば、目標に向かってへこたれないで、コツコツと不断の努力と果敢に挑む思いがあったからだと思います。
亡き母との幼い時に取り交わした約束もありました・・・
思うに、一直線の生き方であったと思いますが、私は少しも悔いてはおりません。

一方、人は様々な生き方があることも知って欲しいと思います。
開き直って違った生き方を模索し、積み重ねた経験や豊富な知識。あるいは国家が認める資格を取得して、社会に奉仕することが可能とも思えます。

ところで、皆さんは幼いときから、臥竜山を登った体験があると思いますが、山頂に至るまでは、様々な登り方やコースがあることに気づきませんでしたか・・・
大切なのは、山(人生)には山頂(人生の目標成就)に至るまで様々なコースがあること。自分が能力や資金、肝心な体力(健康)に照らし合わせて、受け入れられる可能なコースを選ぶこと。等の綿密な計画が必要です。その道を選んだ以上は、登りきる強固な意志が大切であると思います。登頂すると決めた以上は、何が何で天候(健康・勤め)等で引き返しても、何遍も目標を叶えるために挑み続けることが肝要です。安易に放棄したり、計画を等閑にして諦めてはなりません。

頑張れ新成人 
人生はさんざ、勇んで転んで起きて、挫折して又起きて、失望して立ち直り、失恋して悔し涙を流してまた懲りずに人に恋しての繰り返しです。してはいけないことはアンフェアな手段を択ばないことに尽きます。姑息な手段は、取り返しのつかない人生の蹉跌につながるからです。

どうか、決して丸くはならず、人生を尖って生きる意地を持って、不撓不屈の強い意志を持って、日々を苦と思わず乗り越えて大人になって下さい

大きく羽ばたく翼を備えたら、大きな翼を公のために羽ばたき、挫折して意気消沈に陥ったならば、迷わず故郷須坂に舞い戻って来て臥竜山に登り、四方の山々からエネルギーをもらい受け、再び目標に向かって突き進み人生の目標に挑んでください。
須坂の山河は、「須坂の宝」として育てられた君がおおらかに羽ばたくことを期待してます。
君の「故郷須坂は永遠に君にとって緑なりきである。」ことを忘れないで下さい。


H30seizinnsiki



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合言葉は「その1秒をけずりだせ」 負けるな東洋大
母校 東洋大4年ぶり6回目の往路優勝

2018(平成30)年1月2日(月)、第94回箱根駅伝初日、我が母校東洋大学は、1区・西山の区間賞を獲得する力走で先頭に立つと、2区は助っ人留学生走者を頼みとする大学を蹴散らし、3区・山本も区間賞を獲得するなど、1年生が力走してトップを全区間守りきり、4年ぶり6回目の往路優勝を果たした。

東洋大の合言葉である「その1秒をけずりだせ」の想いを各選手が胸に、只管黙々と臥薪嘗胆を肝に銘じて4年間精進した顕れが今日の晴れ舞台と言える。助っ人留学生頼みでない我母校の往路優勝は価値がある。
往路優勝おめでとう

明日の復路も、合言葉である「その1秒をけずりだせ」の想いを胸に走り通してくれ。優勝はその想いの結果としてついてくるものと信じている。


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