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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
故郷は緑なりき
特急あずさの思い出

「あずさ」は昭和41年12月12日に新宿駅 と 松本駅間で1日2往復で運転を開始したとある。私が高校3年生のときである。上京するまでは国鉄とは無縁の、北信の片田舎で生活していたこともあって、「あずさ」誕生の記憶はない。

私は19歳の砌 上京が叶った。長野駅発の「急行・信州」で上京した。当時は鈍行・準急・急行と信越線は多種であった。記録を確かめると「特急・あさま」は、昭和41年に長野駅と上野駅に運行開始とあるが、当時、学生であることから、とても「特急」に乗る経済的余裕などなく、専ら「急行・信州&志賀号」で上野~長野間を盆暮れは往来したものである。学割で浮いたお金で横川駅の釜飯をほうばるのが楽しみであったし、これは半年間学業を頑張ったささやかな己への褒美であった・・・

上京して「独り住まい」をすると、やけに郷里・信州が恋しくて堪らない。お袋や妹が気がかりでならなかったからだが・・・
然し、遥々と上野駅まで出かけて『急行・信州』を見る暇などない。そこで帰りがけに新宿駅(中央東線アルプス号の始発で終着駅)や中野駅のプラットホームで、偶然に松本行きの「アルプス」を見かけた時は、小躍りして喜んだものである。このことによって、何か勇気をもらったと言える。長野県を往復する電車であれば、「信州」「妙高」でも「アルプス」、後に特急時代が来て、「あずさ」でも「あさま」でも、どの電車も郷里信州に通じる思いは一緒であった・・・

昭和52年に狩人の「あずさ2号」が大ヒットしたが、この時代になると国鉄のダイヤもL特急が主役となり、急行や準急は追いやられてしまった。狩人の「あずさ2号」は、若者が抱く信州のイメージを、ど田舎から一度は行ってみたい憧れの地に変えてくれた。

「あずさ2号」の歌詞は、聴くほどに余りにも遣りきれない。人との別れは竹を割るような訳には行かない。この遣り切れない心を断ち切るように、自ら身を退(ひ)く乙女の心の中の思いを歌い上げたものであるが、誰しもが持つ大なり小なりの青春の心の痛みが、この歌を聴くと琴糸に触れるのであろうか。石川啄木ではないが「初恋のいたみを 遠くおもひ出ずる日」に何故か通じる・・・
将に名曲である。特急「あずさ」がある限り、この歌は受け継がれるだろう・・・

さて、私が特急あずさを一番利用したのは、実は40代の後半であった。
47歳の初夏のことである。大学を出て20年以上が経った。新憲法が発布されて48年・・・。法律の解釈も戦後20年代に受けた学生時代の解釈とも大分変わったと感じた。そこで最新の法知識を学びなおそうと決心して中央大学の門を叩いた。

松本に出て、特急あずさに乗り換えて八王子の大学に足を運んだ。ところが、朝から夕方までびっしりの講義を受講すること自体、最初はついていけなかった。如何に田舎に引きこもってからの17年間は、法学徒の本分を忘れ惰眠を貪っていたかを知らさた。午後4時半に最終講義が終わると、脳ミソが干上がってしまってへとへととなる。そこでキャンパスの最上部にある図書館に避難する。図書館には学生証が無ければ入れない。図書館のテラスは寝ていても、極めて安全地帯であるので、そこで講義を終えると30分ほど一眠りするのか日課となったが、時には気がつくと2時間以上も眠りこけてしまう有様。このテラスには常時4、5人の学生が私同様に大びきをかいて爆睡していた人気の場所でもあった。

更に最大の難問が生じた。日頃の車で生活していた「ツケ」が回ったのか、足の裏にマメができた。大学から最寄駅まで山道を登り降りするのが原因でマメだらけになってしまった。辛うじて歩く様は洵に情けなかったが、兎に角間隔を置いての2週間講義漬けけの生活を送る。兎に角夏になるとこのような生活を4年ほど続けた。急用があったりしてトンボ返りするようなことも含めて、特急あずさには随分ご厄介になったものである。

かれこれ20年も前の話であるが、当時一通り目標とした講義科目を受講して、八王子駅から特急あずさの座席に座ると、言い知れない充実感が漲ったものである。40代後半の私における特急あずさの思い出と言えるが、あのときの『初志に立ち返る』決意と実行が、今日の議員活動に役立っていると感じている・・・

列車は様々な人々が乗車し、目的地に着くと降車して様々な人生模様を描く。善人も悪人も、希望に満ちた者も失意に満ちた人も車両内で座席に座っていることには「同床異夢」とも言える・・・




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