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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
その人に信なくして
それを言ったらお仕舞い

竹馬の友や幼馴染は「これを言ったらお仕舞い」の塩梅を知り尽くしている。これはおべっかとかゴマすりではない。幼い頃に知り合い、毎日のように相撲をとり、チャンバラをして、或いは山に分け入り木に登り、野山を駆けずり廻ったこのことが、肝胆相照らすではないが、相通じているから言わずとも通ずるものかも知れない。幼い時点で「気に食わない」「気が合わない」要因があれば袂を分けている話である。謂わば「時のふるい」である。

後年になっての付き合う御仁は、この時の「ふるい」というか下地がない分、付き合っても真意が計り知れない。そんな互いの不満がある日突発的行動として噴き出る場合がある。私にとっては、「謀反」の握り拳をいきなりあげたことを意味する。この言動で信頼関係は全て水泡に帰してしまう。「気に食わない」「気が合わない」要因があればご辞退願うより外ない。

所詮は「砂の器ならぬ砂の縄」としかいえない虚構で成り立っている対人関係である。絆はいと簡単にもろく崩れ去る。否々当初から絆など存在しなかったとも思える。

一言との最たるものは「バカヤロー」と発する「謀反」である・・・
もはや「覆水盆に変えらず」の譬えとおり、不再見であり生涯に亘り不知の人でしかない。

信長公における秀吉、犬千代諸侯は塩梅を知り尽くした旗本であるならば、光秀候は「砂の・・・」である後者にほかならない。本能寺の変は信長にとって、全てが同じ輩(はらから)であるとする心の油断が命取りになってしまった。「是非もない」と発した信長公の自戒は将にそれを示しているではいか。即ち信長公は家臣を信じきっていた大将といえる。
上に立つ者の心得と自覚せねば墓穴を掘る・・・

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