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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
桃園の誓い
小坂憲次先生を偲んで


 敬愛すべき元文部科学大臣小坂憲次先生が、平成28年10月21日ご逝去された。病気に打ち克たれて政界に復帰されるを只管願っていた私は無念でならない。

 今となっては遥か昔のある日・・・
私の親しい会社を経営する友人から「小坂憲次さんがわが社に来られるので、是非会って頂きたい」とのお誘いを受けて、私はその指定された日に友人の会社に赴きました。やがて小坂憲次さんが来られました。友人は私を小坂青年に紹介してくれまして、初めて互いを名乗り合いました。「今度政界に駒を進めるので力を貸して欲しい」と小坂青年は堅い意志を述べられ握手されました。

 私も十九歳の砌、政治家になる大志を抱いて上京した思いもあり、政治家を志す彼に「人生意気に感ず、功名誰か復論ぜん」の心意気が共鳴してか一つ返事で彼の与力になる約束いたしました。即ち我々は「桃園の誓い」をしたのであります。私は長野県一区の地域に住まう親類・縁者、友人知人に助力を仰ぎました。あわただしくも時は流れ、昭和64年(平成元年)小坂憲次先生は衆議院選挙に出馬され、見事に初陣を飾られました。

 その後、私は日本行政書士政治連盟長野会幹事長や不動産政治連盟長野県1区幹事長を務めることとなりました。当時、衆議院が中選挙区制を布いていたこともあって、長野県1区は定員3議席のうち、2議席を自民党候補者で確保することが組織躍進のためになる方針の下に、若林正俊代議士、小坂憲次代議士を県行政書士会も県宅建業協会も組織の総力を挙げてご支援申上げた経緯があります。小坂先生より私が一つ年下であったこともあり、青年、壮年更には生涯に亘って御交誼に与ることとなりました。

 私が平成11年2月に市議会議員になってからは、更に親交は深まり先生も時間が許す限り、私の議員報告会等にもご臨席下され、私を支えてくれる仲間とも親しく言葉を交わして戴きました。私が毎月発行する「月報ことぶき」も東京の衆議院議員小坂事務所宛に配信して参りました。長野県第1区選出代議士として、我が須坂の現状と動きを知っていて戴きたい思いがあったからであります。

小坂憲次国会議員と
村石正郎県議 小坂憲次国会議員 佐藤寿三郎市議
 

 先生は国政に、私は郷里須坂の市政のためにと、二分して携わることが出来ましたことは、「互いに頼みある仲」であればこそ為せるあのときの約束があったからと思います。市議会議員として須坂のためにお願いし、課題の解消にご尽力いただいたことも多々ありました。思えば三十代後半のあの日に小坂憲次先生との邂逅(であい)があったればこそ、「桃園の誓い」の将に原点がそこにあったものと思うと感慨も一入であります。張りのある青年・壮年時代の日々を送れたことに感謝申上げます。
 茲に、小坂憲次先生の ご冥福を謹んでお祈り申上げます。 合掌
                                                       平成28年10月23日記


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