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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
一栄一辱
人生を遡及し過去を塗り替えるとは

人は老いると、とてつもなく少年時代、青年時代を『美化』するきらいがある。言わば、誰もが知らないことや或いは忘れてしまった遠い過去.、どうでも良いようなことへの拘(こだわ)りがそうさせるか、徒に私史を塗り替える作業をしがちである。このことに,あまり拘っていれば、生涯を通じて交誼があった友人との信義を失うこととなる。何故にそこまで自分の過去にこだわり、更に過去を書き換えることに労苦を費やすのであろうかと、聊か理解に苦しむ。

こだわるその真意は何かと、言動を斟酌すると心の隙間を覗くことができる・・・
それは成長期の心の屈折と挫折が織り成す学歴コンプレックスであることが窺える。家庭が貧困であったことは決して身分ではない。団塊の我々は終戦直後に生まれた情況を考えると、日本中が皆貧困であったと言えるし、このことは自慢にはならないが、少なくとも羞じることではない。ましてや幼子の責任ではない。はてはて人生は人夫々の織り成す人生模様でしかない。違っているから意義がある。違っているから価値があるのではないか。

友人とは所詮は同レベルの集まりである。
人生で大切なのは、己の人生を遡及しまで書きかえる小賢しさを、決してしてはならないことである。横綱が猫だましをしてまで、勝つようなもので、何ら勝っても評価されないし、寧ろ横綱の品格を落とすこととなる。これと同じでそんな虚飾の捏造はメッキであり、剥げ落ちるものである。却って人格を下げることとなる。

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