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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
行政の蹉跌
福沢の集落

 
 
             行政の蹉跌
 
 長野広域連合が取組んでいる「最終処分場」の候補地選定で、仁礼旧土取場はどうも暗礁に乗り上げた気配です。原因は人心を無視した強権的手法にあると思われます。市は正当な市議会議員活動を阻止若しくは排除する行為を、共催の名の下に町区を指揮して締め出しさせたり、須坂市と高山村の市・村の共同行為が、いつのまにか須坂市の単独行為となり、更に仁礼町に丸投げとも思われる有様で、区長は本質的に住民の中立的立場で物事を進めなければならないものを、市の意図する儘に押し進めるに躍起になる。これでは自由に発言出来ない住民は、署名活動という手段で「仁礼町の意思決定手法に異議あり」としたと読み取れる。区長は町内のまとめ役であって、政治家でもなければ市職員ではないと言うことを住民は覚めた目で見ていると言える。

 日本は歴史的にみても、フランスや英国のような自由民権運動や自由権獲得のために民衆が流血したことはありませんが、こと水利権や水問題においては、江戸時代でも流血騒ぎを起こしている民族です。

 住民が歴史のはるかかなたから守り抜いてきた自然がもたらす資源を蔑ろにし、行政権力によって全てを治めうる驕りは、住民感情を逆撫でする行為であり、極めて慎重にことを運ばねば、最終処分場選定地は収拾のつかない事態で彷徨してしまう。

 小職は6月議会定例会の一般質問冒頭で「最終処分場をこの須坂市と高山村に設けなければならないことについては、当須坂市が長野広域連合を構成する一員である以上、これは決め事として履行せねばならない。このことについては、市民の意思の形成は図られていると思います。(このこととと、仁礼町の候補地である旧土取場が最終処分場として適地であるか否かは別問題)」と述べました。

 このことについて、補足するならば、須坂市並びに高山村が最終処分場候補地を期限内に確定できない場合は、須坂市は決め事を履行できなかったことに関して、55万5千長野広域住民に対して責任を取って長野広域からゴミ部門を脱退し、自前のゴミ焼却場と最終処分場を建設せねばならないこともありうるのかの話になる。高邁な理想を実現するには、行政の蹉跌はあってはならない。


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