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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
旅愁
不便さを楽しむも亦一興なり

松本駅に飛び込み時刻表をみると、長野行の特急「しなの」の待ち時間は、優に1時間もあるではないか。それならばと長野行の鈍行電車で帰ることとした。折り返しの2両列車は乗車するとまもなく出発した。松本駅を出ると列車は田川べりを走る。やがて奈良井川と合流して、更に北に流れて梓川と合流し犀川となる。犀川は穂高川と高瀬川の水を集めて北信に下り、川中島で千曲川と合流する。この景色は、アルプスの山並と相俟って何度観ても飽きない壮大なものである。将に松本盆地の文化遺産とも言える。

電車は「明科駅」にしばらく停車した。この駅は高校時代に「燕岳登山」で、先生に連れられてこの駅に降り立った朝のことを思い出す。みんな緊張した面持ちで先生の話しに耳を傾けたものである。広場には都会から夜行列車で来て登山するのであろうか、若人たちで明科の駅前広場はむせかえっていた。当時はこの駅前広場から中房温泉行バスが出ていた。それ以外にも各登山口に向かうバスターミナルであった。あのときに一緒に登山した仲間は、今はちりじりとなってしまっているが、ふと電車に「やぁ!久しぶり」と声を掛けながら乗り込んで来るような錯覚に陥った・・・

聖高原駅をでると列車は冠着トンネルを下る。このトンネルは篠ノ井線の難所であって、高校時代の登山や修学旅行の折などは、篠ノ井からの坂を、列車が止まってしまうのではないかと思うほど、蒸気機関車はシュシュとあえぎながら、やっとの思いでこの坂を登ったことを思い出す。トンネルに入る前に列車が汽笛を鳴らすが、この汽笛の約束事を知らない乗客がいると、合図の汽笛と同時に窓を閉めないので、この窓から黒煙が車内に入り込み、乗客は俄かに咳込んだり、涙目になったりと散々な目にあったことを思い出しした・・・
今は列車は瞬く間に冠着トンネルを通過して、快適に姨捨の坂を下る。

姨捨駅は「スイッチ・バック」の駅である。特急「しなの」は姨捨の急勾配を難なく登り下りするが、鈍行は線路に添って運行されるので「スイッチ・バック」をたっぷりと体験できる。そういえば信越本線では御代田駅と二本木駅も「スイッチ・バック」であったあったように記憶するが・・・

駅に寄せる様々な青春時代の思い出が詰まっている篠ノ井線である。時には鈍行に乗って松本・長野間の電車の旅も一興と言えるが、鈍行列車は列車の行き違いの待ち時間が余にも長い。特急の利便は鈍行の犠牲によって保たれていることも分かる旅となった。

各駅停車はこれを利用する人にとってはライフラインである。聊かもこれを軽視する訳ではない。各駅列車の車内は将に生活感溢れた雰囲気であり、これが日々の生活の営みの姿でもある。暮らし向きをみたいならば、特急電車で観光地に直行し諸処の神社仏閣を訪れるのも結構だが、時には各駅電車に乗って一日を鉄路の上で過すことも、亦一興の旅と言えないか。鈍行電車は地方の生活と文化が満載だ。車窓からはそこに生活する人々が、至宝の如く大切に抱く故郷の絶景が堪能できる。

須坂駅寒い朝

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