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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
東京の空
東京の空は遥か南東の彼方

信州須坂を象徴する山とし私は『根子岳』をあげたい。須坂から眺める根子岳の山の形が大好きだからである。四季折々に顔ともいえる山肌が変化することも魅力がある。然し、この山は365日、年中その頂きを仰ぎ見ることはできない。高山であることを考えると、当然のはなしと言えば当然であるが、雄姿が見えない時はなぜか心が沈む・・・

この峰の山麓が『日本ダボス』とも呼ばれる菅平高原である。須坂市の子どもたちはこの根子岳に少なくとも中学卒業までに2回は登頂している山でもある。私も頂きに2回登っている。山頂に立つと360度の眺望がきく。外輪山の根子岳、四阿山、浦倉山、奇妙山は一つ山であるが、すべてが見渡せる。これは相当大きなカルデラと言える。南東に浅間山の煙、北西に南志賀の山並み、北西からは斑尾や、妙高山、黒姫、飯綱、戸隠、北アルプスの峰々の眺望は、平地で見ている景色とは全く違っていた。

この根子岳の須坂側に「峰ノ原高原」がある。広義では菅平高原の一部でもある。この峰ノ原高原で一日遊んでいると、雲の流れが明らかに午前と午後とでは違う。関東平野から運んできた太平洋の風と、日本海から運んできた風の違いである。二つの大気がこの根子岳でぶつかる。そのために峰ノ原に霧が巻く。峰の原の濃霧は尋常の霧でなく怖い。霧に巻かれて車で仙仁温泉まで降りる時は、前を走る車のテールランプが一頼りであるが、テールランプが見え隠れする。殆ど前が・・・道が見えない・・・。牛乳風呂に潜ったようにフロントガラスの先方は唯々白いばかりだ。

写真は根子岳上空に関東平野からの風が運んできた雲である。この頂きの上空で湧いた積乱雲が、関東に流れれば関東地方は雷雨。信州に流れれば北信が雷雨となる。

二十歳代の終わりに私は生れ故郷に戻って来た。青春時代を受験一色で過ごした東京は、この根子岳の遥か南東の彼方にある。この根子岳の南東の遠い高い空の下に東京があるかと偲んだものである。四阿山、浦倉山、土鍋山、破風岳、御飯岳を結ぶ稜線は、群馬と長野の県境であって且つ分水嶺である。降った雨が東斜面に流れると吾妻川や万座川となって、利根川に流れ込み太平洋に。西斜面に流れ落ちると、仙仁川、宇原川、米子川、灰野川、樋沢川、松川が千曲川に流れ込み、信濃川と伝って日本海に注ぐ壮大なスペクタルだ。

学生時代に、フランス映画「望郷」を見たことがある。舞台は地の果てアルジェリアと歌われたカスバ。パリから逃亡してきた無法者ぺぺ(ジャン・ギャバン)が、時おいてパリから来た若い女性に一目ぼれしてしまう。彼女にペペはパリの匂いを感じたのであろうか。それともペペの過ごした青春時代のパリが恋しくて堪らなかったのか。彼は何故に出てはいけない、命取りとなる無法の街カスバから抜け出そうとしたのか、良く分らない結末であった・・・

東京から田舎に引き上げて、折節にこの根子岳の彼方にある東京の空を見ていた三十代の私は、映画の結末のペペの心境が、漸く痛い程解せる気持ちになれた。ペペはパリで彼女と人生をやり直そうとしたのである。この欲張り者がと思う反面、ペペの気持ちが痛いほど分る年頃になった・・・

三十代初頭は、青春時代の志に訣別すべく、根子岳の青い空と山頂が見えると、決まってにらめっこしたものだった。幸いにも私の前には、東京の匂いを漂わせる女性の登場はなかった・・・


H26初夏の根子岳


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