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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
当代無双
真田の夢遥か

 信州松代はかっては真田十万石の城下町であった。真田一族は戦国時代を生き貫くために死闘を繰り広げたことは誰しも知るところである。当代無双の評価がなされる真田昌幸公は、見事に戦国時代を生き抜いたが、時の覇権者によって一族は二分され、昌幸公と二男信繁らは紀州九度山に配流された。昌幸公の嫡男信之伊豆守公が上田より入封して以来、幕末まで真田松代藩として統治された由緒ある城下町である。

 真田一族の存続をかけた心意気は松代に移ったのであろうか。否々、寧ろ上田の城は徳川に明渡しを求められ、昌幸が築城した天守や城郭は悉く打ち壊され、更に城主を松代に移されたとしても、昌幸公を支えた群集が全て松代に移った訳でないことを考えると、真田一党は上田と新たに松代(北信4郡)を手に入れたと解すべきであるまいか。その証拠に、上田市も長野市松代町も今もなお「真田武者行列」を行い真田昌幸、信之、信繁親子の偉業を称えているではないか。小県(ちいさがた)や上田の民も、松代の民も真田を慕うこの魅力は何か。将に真田恐るべし。


 私はこの松代の文武学校界隈をそぞろに歩き回ると、不思議なことに江戸の町並みを歩いているような錯覚に陥り、当時の時間に浸れることが出来ることが大好きな場所である。

 今日は遠方から訪ねて来られた親戚を、私は現代の異空間と言い切れる松代にある文武学校に案内して、弓述所の床に座して暫し時を過ごしました。この弓術所の射場から眺め入る景色は、恐らくは江戸時代の眺めの儘と思われるが、これぞ訪問客への最高の「おもてなし」と感じたからです。案の定、訪問者は異次元の感覚に感激され、時の流れを惜しんでおられました。


 私は、松代藩文武学校を訪れて、剣術所、槍術所、そして弓術所の床に座って、真田一族の夢の遥かをあれこれを思考するひとときが大好きである。時の刻み方の悠久なることの大切さを教えられるからである。

 議員に大切なのは、悠久のまなざしをを以って市民を慮り、市政のかなたを見つめているかである。一介の議員の人物評価などは、後年の市民に任せれば足りると・・・
この道場を訪ねる度に「喝!」を浴びせられる思いになる。


H26松代文武館


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