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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
轍鮒の急
何とかせねば・・・

気温が株価同様に乱高低する。昨日の温かさは何だったのか。事務所のガラスがやけに曇るので外の寒暖計を覗くとなんとマイナス4℃。どうりで部屋のストーブは一向に効かない。足元が深深と冷える。寒さを紛らわすようにすずめが盛んに囀っている。屹度寒いに決まっているが、何かしら健気と感じる・・・

雲間から顔を出した根子岳は、山肌が新たな酷寒の白いショールを羽織ったように、昨日より更に白さをまして見える。菅平はことによるとマイナス20℃以下になるだろうか。暦のうえでは立春である。信州須坂の里は、雪が少ないにも拘らず寒さが例年とは聊か違うと感じる。夕方になると寒さが深深とつのる。

この齢(よわい)を数えると、人間模様が様々に流転する様を見なければならない。人は様々な宿命を負っているものであるが、老いての流転は忍びがたい。一体彼に何があったのか?どこで人生の歯車が狂い出したのか。若い時分の粋がりが、あるいは生き方が、恰も帳尻のツケのようになって、人生の千秋楽の幕間にさらけ出すこととなる。

平穏な一生を送ることは難しい。かっての身分制度社会は士には食い扶持の保障がなされた制度といえるが、これは仕官を許された者だけに許される世渡りの余裕であって、農工商に身を置いた大多数の庶民の苦しみは、今も昔も左程違いはない。終身雇用制度も崩壊した現代に置いては、須らく自己責任の名の下に前期高齢者を数える齢になると、一気に人生の総清算を余儀なくされる。

 巷間に身をおく私の目からみれば、食えない人のなんと多いことか。職を求めて、或いは糧を求めて私を訪ね来る人に、徒な慰めは気休めでしかない。慰めでは空腹を満たすになんの役にも立たない。必死に求職の伝手(つて)を奔走するも高齢者への職は厳しい。分かりきっているが、それでもと一縷の願いを叶えるためにもと足を運ぶ。然し好景気が叫ばれているにも関わらず反応は鈍い。市議会議員は市民が直面する求めに応じるには余りにも微力すぎる。何とかならんかと思いつつ国会中継を観るも、国民と乖離した議論の空転に映る。

お任せ民主主義に慣れきった我々日本人は、政治に対して「今何が大切か。何が焦点なのか」の疑問すらもてなくなってしまったのだろうか。平和ボケが亡国につながらなければ良いがと感じる。どこかの北の国の首領と我が国の宰相を目を引いて見ると、祖父への異常な執着と独裁性は五十歩百歩と映らないか。隣国との友誼なくして国民の生命・財産は守れない。「三国志」は所詮は覇権主義の歴史絵巻ではないのかな。時代は覇権から友誼に移らねば、隣国との友誼なくば結果的に戦争の惨禍を再び招くことになる。

閑話休題、私は市民からの職の斡旋依頼に奔走する毎日である。市民の要望は「轍鮒の急」なのである。浮世は写真の如く氷でつくった鉢にロウソクを灯した様に似ている。懸命に生きようとする人が鉢の中で燃えているロウソクと喩えようか。このロウソクの火をもって(一個人の願い)、氷の壁を一人で溶かすことが果たして可能であろうか。氷を溶かそうと懸命に努力をしている人に、手を貸すのも大切な政(まつりごと)ではなかろうか・・・


氷灯火

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