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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
地域の要の役割
上高井保育園新園舎落慶法要

平成25年3月24日、社会福祉法人仁慈協会上高井保育園(理事長水野孝道・興国寺先代住職)の新園舎落慶法要が園長内藤格(宝広寺住職)の司会進行のより、曹洞宗儀礼による法要儀式が水野理事長の主導により執り行われました。

当保育園の沿革は、大正7年に当時の須坂町13ケ寺が宗派を超えて保育園の必要性を鑑みて設立され、寿泉院(上町)で産声をあげたとのことであります。その後直ぐに勝善寺(本上町)の敷地である現在地に移転し、保育園業務が運営されて今日に至る90年の歴史を刻みました。私の幼馴染みの多くもこの保育園の卒園者であります。

上高井保育園も須坂町も時代の激流に翻弄された大正・昭和の激動期、特に昭和の戦前、戦中、そして戦後と激変する社会においても、保育園設立の精神を護りぬかれた。須坂町が須坂市に組織変革されるも、幼児期の保育に関わる社会的使命を、頑なに守り貫いて果してきた役目を高く評価すべきものと思います。創立者がインテリジエンスに富み、富裕層に位置する僧侶の皆さんであったことが、世情に流行ることを嫌い不易の精神を守れた要因であると感じます。私が幼いころは、上高井保育園の近くに町立の託児所がありました。この託児所が現代の市立保育園であります。即ち、当時から上高井保育園は今叫ばれている「幼保一元」の機能を歴史的に兼ね備えた施設であったと感じております。今後も末永くすたれることなく、上高井保育園はその役目(社会的使命)を発揮してくれるものと期待しております。

落慶法要の後、スザカ迎賓館に移り落慶祝賀会が執り行われ、三木市長、市議会議員、地元区長、建設会社の皆さん並びに上高井保育園関係者、保育士さん等が参加し、新園舎の落成を祝いました。



上高井保育園新園舎落慶


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