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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
山を登る・これこそ青春の証しだ
 テレビで登山を楽しむ

正月三か日も無事済んだ。かってのように正月特番のような飛びつきたい番組も見当たらない。そこでNHKBSアーカイブス「日本の名峰」を鑑賞した。かって「深田久弥の日本百名山」を盛んにみたものであるが、内容は殆ど同じと思われるが、理屈なしで山の映像は心が和む。

この歳になって、若かりし頃にやり残したことの一つに「山登り」を挙げたい。ある程度の高山に登るには、指導者(引率者)と時間とそして旅費や宿泊費が必要である。

信州は幸いなことに四方が名峰に囲まれている。集団登山も身近な根子岳登山から始まり、白根山、火打山登山が比較的初歩であろう。高校の担任は幸いなことに山好きであられ、我々を山に連れて行ってくれた。北アルプスの白馬岳は実に楽しい夏休みでもあった。

その後、大学受験を志した私は、少しでも貯金をせねばならない事情もあり登山から遠ざかった・・・

上京してからの私は、登山をする希望はあっても時間的にそれは許されなくなった。かっての同級生が夏休みで帰省して山登りをする誘いを受けるもそれは叶わないことであった。

あるとき、同郷の同級生と丹沢山塊の大山に山登りしたことがあるが、二十歳代の山登りはこの思い出しかない。


昨日、今日と私はTVの映像に乗って、北アルプスと南アルプスの山々を踏破した・・・

思いだすなぁあの頬で風を感じながら、肩に食い込むリックサックの重みを堪え、一歩一歩登山靴を前に運び、急峻な岩場を登り、掌で沢の水を掬い口に滲ませたり。漸くのことで頂に登って、先ずは山頂に鎮座おわします山の神に平伏し登山の無事を感謝し、次に太陽に両手を挙げて「俺は登ったぞ!」と喜びを伝え、そしてリックから胡瓜を出して味噌を付けて頬張る。おむすびをほうばるあの満足感は、登山をした者でなくては到底判るまい。


倅は、高校時代に山岳同好会に席をおいて、私よりも北信周辺の頂きを極めている。山好きの先生と時間と父(私)と言うスポンサーがいたから、後は本人の山に登る意志だけが必要であった。大学も終え会社に入ったら山岳同好会というサークルに恵まれ、昨年は尾瀬の燧岳に登り、今年は富士山と年に一山づつ登るとして、相当数の山に登れる夢がある・・・


高校の同級生が昨年の晩秋、里山として登り慣れている坂田山で遭難死した。彼も実は高校時代から山が好きで好きでならず、中々時間が取れない人生で、漸く好きな時に山に登れる機会を得ての事故であったなのかもしれない。或いはいつの日か、四方にそびえる山々をじっくりと登るための鍛えをしていたのかもしれないが、実に惜しい友を亡くした。

青春のこもごもを思い出させるに足る番組であった。山はいい。山を登ることは即ち若さの象徴であり青春の証でもある。青春とは、単に十代二十代を指すものではなく、志しをもってある方向に進むことである。


小川村からの北アルプス眺望

小川村からの北アルプス眺望





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