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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 前市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
お気に入りの曲はいつまでも色褪せない
思い出は色褪せないもの

我が青春時代に流行った「フォークソング」は、当時は殆ど聴く時間がありませんでした・・・。
この歳になって、暇を見ては YouTube で検索しては、譜面を見ながら聴いております。
然し・・・時代を超えて、名曲はいいですね!

ここでお気に入りの曲を・・・
何遍も何遍も、この歳になって・・・聞き返しています・・・
〇思い出の赤いヤッケ 
〇学生街の喫茶店 
〇太陽がくれた季節 
〇小さな日記
〇神田川・・・

特に・・・
〇思い出の赤いヤッケの歌は・・・
僕は、毎朝8時11分、中野富士見町始発池袋行の地下鉄に乗車することに決めていました、この電車は中野坂上駅で乗り換え無しで銀座まで行けるからでした。

ある朝・・・
中野新橋駅から乗車する、可憐で清楚な乙女を見つけました・・・
翌朝も、またその次の日も、中野新橋駅から乗車する、可憐で清楚な乙女がありました・・・。
いつの間にか、毎朝乗客の中から、彼女を見付けるのが、唯一のワクワクとなりました・・・
中野新橋駅から乗車する彼女を見たくて、朝寝坊したときは富士見町駅迄走って、兎に角11分の始発に乗りました。

1年程して・・・
ある日突然、あの娘は電車に乗らなくなってしまいました・・・
中野新橋駅の決まった乗車口に佇み、車内に入ってくる彼女を二度と見つけることもなくなりました・・・
何か、心の糸がぷっつんと切れたようで、切ない思い出があります・・・。

この歌を聴く度に 話しかける勇気もなく、唯々遠くから見つめていた学生服の僕が・・・、
あれから50余年・・・
可憐で清楚な乙女は 幸せな人生をおくられたであろうか・・・
生きておられれば、屹度どこかで再会できるだろうか・・・

思い出の赤い電車と中野新橋駅のプラットホーム・・・
プラットホームとゲレンデの違いがありますが、 やるせない思いは赤いヤッケの歌詞のとおりです・・・
いついつまでも 僕の胸に思い出されます・・・
 
〇学生街の喫茶店は、仲間のS君(故人)、I 君と答案練習会の帰いりに、喫茶店で暫しの雑談で時を過ごした思い出がつのります・・・
 1週間毎の答練の後に、喫茶店で過ごすこの一時が、決して独りぼっちでないと勇気づけられたものでした。

〇神田川・・・、神田川沿いを中野富士見町駅まで6年間毎日往復しました。地下鉄丸ノ内線で銀座の先生の法律事務所に通い、更に白山台の大学に通った日々が私の青春時代でした・・・
神田川は、杉並・和田を流れる川で、対岸は中野区ですが、川縁(かわべり)から川底までコンクリートで固められた巨大なU字溝であって、田舎の土盛りの土堤と底には石、砂利かゴロゴロしている川底の川とは全く異質な、これが都会の川か!という、神田川でした・・・。

この歌を聴く度に・・・青春真っ只中の自分や若かりし三十代の恩師、学友、在京の幼馴染、和田の下宿のおじさん、おばさんとご家族、佼成会図書館前の定食屋の老夫婦の顔がオーバーラップします・・・。
神田川の歌詞とは、全く無縁の青春時代でしたが、僕なりの青春の証ともいえる神田川の川縁を朝夕の往復は、青春そのものでした。
神田川と地下鉄丸ノ内線の赤い電車は、私にとって青春そのものでした・・・


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