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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
峠の釜めし
峠の釜めしの思い出

私にとっての横川駅は、青春時代における東京と郷里との気持ちの切り替えの駅であった。

お盆と正月に帰省する。この年に二往復しか出来ないが、上野発の下りの電車(列車)が横川のプラットホームに着くと、私は勇んで列車から飛び降り、釜めしを買い求めに走った。母の分、姉、弟と妹の分、姪っ子の分と私の分を求めるためにだ・・・
当時は陶器の入れ物に入った釜めしであったので、数の分荷物は急に重くなるが、みんなが喜ぶ顔が浮かんでくると、重さは一向に苦にならなかった。
何故駅弁を求めたか
半年間、東京で勉学を頑張った己への褒美と、母や姉、弟・妹たちが、,郷里で健康でいてくれた分のお礼の土産であった・・・

生家に持ち帰って、みんなでほうばる「横川の釜めし」は旨かった。そこには半年ぶりにお互いに会える喜びがあった。食卓に笑顔があった・・・
みんなの元気な顏を見さえすれば、それだけで私は満足であり、翌日東京に戻る時もあれば、二、三日滞在できる時もあったが、勉強に怠け癖が着くといけないので、みんなの元気な顏を見るだけで十分で、早々に東京に戻ることを心掛けての帰省であった。
帰京する際は「お盆(正月)に帰るからみんな元気で居てな。」と、約束するのが別れの挨拶であった。

三十代初頭に郷里に戻ったことで、帰省する度に健康を分かちあい「横川の釜めし」を求めることもなくなった・・・
更に、北陸新幹線の開通で、信越本線も廃線しとなり、在来線で登り降りする碓氷峠も無くなり、郷里から5時間もかけて上野駅に辿り着く列車の旅も、今や1時間半余りで東京駅に到着する。横川駅のプラットホームで釜めしを買うことは不能となってしまった・・・
新幹線は、車窓から浅間山を眺めては誓う情緒も望郷の感情も、瞬く間に通り過ごしてしまい、まるで映像の早送りを見ているようだ。

母や弟や妹、姪っ子も今はこの世にいない。
只、楽しかった思い出だけが私の胸に去来する・・・
遠い遠い日の思い出は只管哀愁を誘う。
然し・・・
私が生きている限り、あのときのみんなの嬉しそうな笑顔が、鮮やかに我が胸に蘇る・・・


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