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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 前市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
二兎追う勿れ
掌で掬うも零れ落ちる水は・・・

 幼い時に水遊びをしていたら、母から「掌(てのひら)で水を掬って、こちらに移してごらん」と言われたことがあった・・・
盥の水を両手で掬っては、傍らにある器に移すが、たかが傍の器に移す僅かな作業にも拘わらず、幼い掌から水は殆ど零(こぼ)れ落ちてしまって、何遍も何遍も繰り返して漸く器に水が満たされた・・・。

10歳の初秋、父の急逝は恰も凧の糸が切れた如く、少年の人生がクルクルと動転したが、母や姉弟妹、まつべて下さる人たちのお陰で、人の道を外すことなく大志を抱きながら成長することが出来、更に東京に出ることが叶った。

上京する朝・・・ 
母は私に、「志しを抱いて東京に行くからには、あれもこれもと欲張るでないぞ。体をこわなさいでな。」と、ぽつりと言われた。
母の「あれもこれもと欲張るな・・・」の言葉で、私は遠い遠い幼い時の、水遊びをした折の「掌で水を掬った・・・」情景が脳裏に浮かんだ・・・。

幼い掌を寄せて水を掬うが零れ落ちる水が殆どで、一滴も漏らさず器に移すことは出来なかった。何遍も何遍も繰り返し水を掬ったことを思い出した。「人生は杓(ひしゃく)で水を掬うような、生易しいものではないんだよ。繰り返す根気を決して忘れるでないよ。」との諭しなのか・・・。
「学べる機会を与えられたことを最も大切と心得て、掌で掬う水を一滴も漏らさないことなどは叶わないこと。零れ落ちる水は『望んではいけない欲』であり、『所詮縁(えにし)が無い欲望として諦めなければならないものもある』と思いを断ち切り、勉学に精進する気持ちを持って故郷を発ちなさい。」との諭しなのかと・・・。

私は、恩師や母そして姉弟妹から与えられた「法律を学ぶ」機会を得たことに感謝しつゝ、万感の思いを籠めて上京した。


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