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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
感慨無量
人間模様様々

湯っ蔵んどの大広間で一時を過ごすことは、市民の暮らし向きがこの大広間に凝縮されているようで大変興味深い。
特に夕餉時の大広間は、家庭の生活の形態が其の儘、この大広間にワープされているといえまいか。

○一人娘であろうか?我が儘放題に育ってしまった童女は、食事の最中にいきなりわめきだした。意に沿わないことがあったのだろうか。およそ百人を超す大広間にも拘らず、大声で喚き散らして意を通そうとし、挙句の果て箸をテーブルに叩きつけて投げ出す有様だ。若い親は子どものを宥めるも、聞く耳を持たない童女は更に大声で泣く。居た堪れなくなった両親は子どもを大広間から連れ出したが、童女は廊下に出ても泣き止まない。今のうちに躾けの基礎を叩き込まなければ、行儀の悪い世間から相手にされない人になってしまう・・・

○隣のテーブルは、ある一家が陣取っていた。老母と若夫婦と子どもの4人連れである。老母の連合いは亡くなっているようである。姑と嫁の断絶が一目でわかる。嫁は子を老母から遠ざけて座らせている。老母の顔は苦労をした証とも思える皺が深く刻まれている。孫と話せない老婆は顔に少しも幸せそうな潤いが覗えない。辛うじて倅との言葉のやり取りがこの老婆の救いなのであろう。老母は倅夫婦と孫と一緒にこの湯っ蔵んどに来て、皆に食事をご馳走することが楽しみなのかもしれない・・・

○少し離れたテーブルは、老夫婦と倅夫婦とその子どもが、ぬぅ?嫁いで戻った子連れになった倅の妹も同伴しているようだ。
倅の子どもたちは並んで食べているが、妹の娘はぽっつりと一人である。それでも老夫婦が「かすがい」になって、同じ屋根の下で住んでいることが窺える。何か料理がたりないのであろうか。倅がメニューをのぞきこんでいたが、やおらたつと老母に手を出した。食事代の無心である。老母は黙って倅に財布を差し出す。この家族も老夫婦が食事のスポンサーか。

◇最近の湯っ蔵んどは、温泉設備の充実もさることながら、最近は食堂部門の味付けや新鮮さが評判を呼び、60席あるテーブルのなからが埋め尽くされて盛況である。各テーブルは家族連れで賑わっている。じいちゃん、ばあちゃん、孫を連れの家族が多い。入浴後の食事をとることが楽しみなようである。然し、老人の顔がこぞって楽しそうには思えない。おじいちゃん、おばあちゃんは皆食事代の提供者なのである・・・

おじいちゃん、おばあちゃんが温かく孫を見守る眼(まなこ)は素晴らしい。お嫁さんが気にくわなくても、婿殿が頼りなく思えても、無辜な孫に対しては損得のない慈しみの眼を一心に注ぐ。この眼がこの大広間に集う全ての祖父母に見受けられるような社会の構築、これは政(まつりごと)が負うものと認識せねばならない・・・


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