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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 前市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
為政者の心得 漁夫辞・屈原に学ぶ
君君足たらずとも 臣臣足らざる可からず

 今朝は郭公のけたましい鳴き声に叩き起こされた。手元の時計は4時半を少し廻っている・・・
この時期の郭公は「カッコー」と鳴かない。南方から飛来してきて挨拶と縄張りを示したあの頃の優雅な鳴き方ではない。ただただ忙(せわ)しく「カッコ」の連呼である。はてはて郭公にはこころがなく本能に従うのみであるのか、その連呼はまるで擦り半を聞くようでいやが上にも目が覚める。情緒もへったくれもなく喉笛を鳴らすから堪らない。忌々しいから「カッコ」の数を指を折って数えたら、一度に百回も連続で鳴いているではないか。この繰り返しでは須坂界隈の老若男女は目を覚まさざるをえない。洵に人騒がせな鳥である。

 そういえば、先日この郭公の如く同じことを繰り返し繰り返し発言していた御仁がおられた。質問の主旨など無視して、質問を無視して自分の正当性を只管繰り返していたが、私は「君(きみ)君足たらずとも 臣(しん)臣足らざる可からず」の古語を思い浮かべて拝聴した。宮仕えも大変だなと同情した。

 答弁を聞きながら、この御仁は何かが欠けているが、この欠けているものは何だろうかと頭をめぐらした。そうだ漢文「漁夫辞・屈原」の件(くだり)だ・・・

           滄浪之水清兮 可以濯吾纓  
           滄浪之水濁兮 可以濯吾足

 即ち、水が清んでいたら冠の紐を洗い、水が濁っていたら足を洗う。漁夫のこのこだわりのない生き方、気負いの無い生き方が出来ないかと感じたものである。この御仁は何故にこんなに身構えて答弁されるのであろうかと、寧ろ訝しく感じたのは私だけではあるまい。


 数日たった今も・・・
 人は気負いが無ければ素直に非を認め、過ちを素直に詫びるこころが生ずるものを、このこころなかずんば我を通してしまう。その場は遣り過ごしてもやがては人の信を喪う。それは今朝の郭公と亦同じで、「カッコー」聞き惚れて目も、『カッコカッコカッコ」の連呼は誰も耳かさなくなると亦同じ・・・


 ところで、一時間あまりが経過したが、郭公は今も忙しく鳴き廻っている・・・
 郭公よ頼むから遥か彼方に立ち去れ、今日の議会のためにいましばらくは眠りたいから。




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