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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
平野美宇よ 己に勝って五輪に駒を進めよ
美宇よ短気の試合運びをしないで相手の玉を拾う卓球を

私は平野美宇選手を応援している。
十代にして苦汁を舐めさせられたにも拘わらず、へこたれず耐えた思いが今あるからである。
一国の名誉と正選手の矜持を背負って大会に臨むも、浮かれ者には勝利の女神は決して味方しないものと、美宇選手は先回の五輪で知った筈だ。
先回の五輪で屈辱的な選手の荷物持ちによく徹し、よく耐えた事に今日の平野美宇の価値がある。
「幾度か辛酸を経て志し始めて堅し」と西郷南洲は言われているが、将にそのとおりである。

不屈の精神で、自らが崖を這い登らねば、五輪出場は無いと思へ
弱い自分に負ける勿れ、不断の努力を培って来たという強い自負を持つ人であれ
焦るな!とにかくつなげる卓球に徹しよ。さすれば、君の実力からして、自ずから道は拓ける
気が弱くなったら、あの五輪で味わった屈辱的な、選手の荷物持ちをした思いを思い起こせ!
栄冠は君に輝くを信じている!
熱烈な応援者が日本中にいることを、こころの片隅に秘めて頑張って欲しい。
相手の玉を拾って、つなげて・つなげて・つなげて、且つ好機を逃さない必殺打の打ち込み作戦だ。
今までの遺恨は捨てろ然し尖って生きろ決して丸くはなるな
さあ、掌にある白球に五輪出場の願いを込めて、平野美宇の心意気を天下に問へ・・・


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狡猾な出品者には鉄槌を
羊頭狗肉

「甘柿}と表示されていた。出品者とは当然面識がないが、柿好きの私は「甘柿」を信用して5袋も買い求めた。

さて、徐に一つ取り出して皮を剥いた瞬間、これは「渋柿」だと気づく・・・
外の柿を同様にナイフをいれたが、同様に「渋柿」である。
「騙された!」との憤りがむかむかと沸き立った・・・

買い求めた殆どが「渋柿」であり、他に「甘味の殆どない果実」を口にしても、柿の旨味が感じない代物であった。
これは明らかに詐欺行為ではないか!



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書を開くに迷いなし
人生一路

私は最近落語に凝っている。床にはいると録音で貯めた落語を、あれこれ選んで聞きながら眠りに就く。
NHKは土曜、日曜の深夜の1時過ぎから落語を流してくれる。これをラジ録して2年位が経つであろうか。これを再生しては子守歌替わりにしている次第。

青春時代に、余り国家試験に受からないので落語家になろうと、一時期真剣にラジオの落語を聴いたものであるが、信州の山猿が江戸言葉を今更習得できないと悟り、その道に進むを断念したものである。名代の落語家の噺ぶりを、今この齢で聴いてみても、流石であるとしか言いようがない。古典落語は特に面白い。長い風雪のふるいにかけられて今なお口上される処に価値を認める。

一つのことをコツコツと学ぶことは容易ではない。然しこの道を選んだ以上、百も承知で踏み込んだ世界である。師の影を追いながら追いつこうと励むが、未だ道のりは遠い。然し恩師がご健在であられることがことのほか嬉しい・・・




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上野駅を忘れてはならぬ
 あゝ上野駅は 都会のふりだしそのものだ 

「あゝ上野駅」井沢八郎が唄う名曲というよりは、上野駅に降り立つ者にとっては応援歌であった。
上野駅のプラットホームに降り立つと、「やらねば!」と意を決したものであった・・・
上野駅は、将に将に 上京組のこころのふるさとであった。

「あゝ上野駅」を聴く度に、思いは十代の頃に蘇る。今は無き友の面影を偲ぶ
共に励まし合って青春時代を駆け巡ったことが思い出される

「あゝ上野駅」の唄は、私にとって応援歌であり、鎮魂歌でもある・・・




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迷惑千万の話
食わせ者が来訪

知古の友人が訪ねて来られたた。久々の再会であった。
友人は足が無いらしく、「近隣の知人」が市内に買物に出るついでで乗せて来てもらったとのことであった。
知古の友人は、積もる話もあるようであったが、一緒に来たこの「近隣の知人」が曲者であり、私とは悉く反りが合わない。

彼は私の高校の先輩と称するが、学舎で共通の時間を過ごした訳でもないのに、厭に慣れ慣れ易い。上から目線で人を見て言葉も横柄で、地動説を地で行くようで、何様気取りで世渡りをして来た無頼漢である。

私の事務所に着座するなり、いきなりの批判には恐れ入った。痴者の類としか思えない。堪忍袋の緒が切れて、とうとう「言を慎みなさい」と諫言したが、極めて不愉快な半日となった。

而して、知古の友人と語る時間も満たすことは儘ならなかった。


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