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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
迷惑千万の話
食わせ者が来訪

知古の友人が訪ねて来られたた。久々の再会であった。
友人は足が無いらしく、「近隣の知人」が市内に買物に出るついでで乗せて来てもらったとのことであった。
知古の友人は、積もる話もあるようであったが、一緒に来たこの「近隣の知人」が曲者であり、私とは悉く反りが合わない。

彼は私の高校の先輩と称するが、学舎で共通の時間を過ごした訳でもないのに、厭に慣れ慣れ易い。上から目線で人を見て言葉も横柄で、地動説を地で行くようで、何様気取りで世渡りをして来た無頼漢である。

私の事務所に着座するなり、いきなりの批判には恐れ入った。痴者の類としか思えない。堪忍袋の緒が切れて、とうとう「言を慎みなさい」と諫言したが、極めて不愉快な半日となった。

而して、知古の友人と語る時間も満たすことは儘ならなかった。


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小気味よいぞ御嶽海
力士は兎に角勝ことに尽きる

今場所の御嶽海は覇気がある。押し相撲力士故に相手にまわしをがっちり捕られるともろい。これは仕方のないことであるが、一場所15番の内、3番位は四つ相撲力士に負けても仕方ないと感じる。差引12番を押し相撲が取れれば優に10勝は硬い。御嶽海はとうに大関の位にあってしかるべき実力はあるはずなのに、16場所も小結と関脇を関脇も東西に往復した足踏みが歯痒うてならない。

今場所の取り組みを見ていて感じたことは、公約の10勝をあげる目標を公言したこともあるが、押し相撲に徹することを念頭に相撲を取っていることが覗える。押し相撲で学生横綱、アマチュア横綱を手柄に角界に入ったことを思えば、押し相撲力士にこだわって欲しい。狼少年でないことを二桁勝利を実現したことで払拭したことが嬉しい。

 それにつけても力士は酷使されている。相撲協会は興業収益も大切だが、年6場所は余りにも多すぎる。折角大関に上がりながらも、怪我で力士生命を失う多くの力士をこの歳まで多く見て来た。力士の最大の敵は怪我と言える。本場所は年4場所にすべきである。或いは地方巡業の軽減を図らなければ、力士の体が持ちまい。公傷制度をもっと力士本位の立場に立って改良・充実を図らねば、番付が全てである力士の世界では、怪我をしても力士に無理を強いる事となる。怪我が完治するまで番付の地位の保全と給金の補償を認めて治療に専念させるべきである。医師の完治証明が出るまで怪我した時点の番付を保持してやらねばならない。力士とて人間であり決して物や消耗品ではない。

怪我に十分注意されて、御嶽海は精進して土俵の華になって欲しい。信州が生んだ最強力士雷電以来の大関となれ




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人生は喜怒哀楽が糾える縄の如し
人生七十年の杖となりし名言

時の流れは将に光陰矢の如しの例えである・・・

「少年老い易く学成り難し、君たちの人生は果てしなく永いように思うだろうが、決してそうではないんだぞ・・・」と、高校時代に田中寛先生は、我々に時を惜しんで励めと折あるごとに諭さたものである・・・・

人生七十年を歩みくる中で、我が人生の杖となりしことわざを書留めてみたが、夫々のことわざには苦い思い出もあれば、将に然りとする思いもあった。喜怒哀楽があざなえる縄の如く、同居するのが人生であるが、辛く切ない時もあれば、楽しくも、愉快で早く夜が明けないかと思うときもあった。一節、一句が人生を凝縮したものとも言える。

一樹の陰一河の流れ
炒豆(いりまめ)に花が咲く
言わぬは言うにまさる
馬に乗るまでは牛に乗れ
笑みの中の刀
思い内にあれば色外に現る
親は一世師は三世
稼ぐに追い付く貧乏なし
機に因(よ)りて法を説け
志は木の葉に包め
鶏口となるも牛後となるなかれ
舌三寸の誤りより身を果たす
蛇(じゃ)の道は蛇(へび)
舅(しゅうと)の物で相婿(あいむこ)もてなす
十分はこぼるる
知りて知らざれ
親は泣き寄り他人は食い寄り
世間は張り物
背に腹はかえられぬ
栴檀(せんだん)は双葉より芳し
千日に刈った萱(かや)一日に亡ぼす
大事の前の小事
鷹(たか)は死すとも穂はつまず
蓼(たで)食う虫
玉磨かざれば光なし
提灯(ちょうちん)に釣り鐘
角(つの)を矯(た)めて牛を殺す
泥中の蓮(はす)
天知る地知る我知る人知る
灯台下暗し
問うに落ちず語るに落ちる
長い物には巻かれろ
習うより慣れよ
憎まれ子世にはばかる
盗人の隙はあれども守り手の隙は無い
念力岩を徹(とお)す
乗り掛かった船
鱧(はも)も一期海老(えび)も一期
人の踊るときは踊れ
人の空言は我が空言
人は一代名は末代
古川に水絶えず
故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る
誉(ほまれ)あらんより毀(そし)りなかれ
門前市(いち)をなす
笑う門(かど)には福来る
破(わ)れ鍋(なべ)に綴じ蓋




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命の重み、賦命はそれぞれ
小さな動物園だ

帰宅して玄関の戸を開けようとしたら、カマキリが戸に張り付いてお出迎えしてくれました。先日も事務所の網戸にカマキリが張り付いて、鋭い鎌をいからして留守番をしてくれていました。庭にはシジミ紋様の蝶が舞い、蛙がぴょんぴょん、アリはせっかちに庭中を行ったり来たり、コオロギ外秋の虫たち、カネチョロの住み家と自然が豊富です。ヘビも我が家と隣地を縄張りに、のっそりと全身を滑らしているとXテンの目撃談です。

こおろぎは、寝ることを知らないのでしょうか、一日中耳にしますが、ふと我が家の庭に耳を澄ますと鳴き声が聞こえません。私同様に横着を決め込んでごろっとして、葉陰に避暑を決め込んでいるのでしょうか。

自然が叫ばれるつつも一向に進まず、自然破壊が進む昨今、大切にしたいのは小動物、昆虫類の保持こそが、身近にできる自然保護推進ではないでしょうか。



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針を落とさずも聞こえる名盤
こうろぎの音色は心を癒す

 亦、今年もこうろぎの演奏会が始まった。夜通しの演奏会である。演奏者は我が家の庭に住むこうろぎの子孫たちである。こうろぎは己の賦命を知っている分すばらしいと感じる。私がこの地に住居を構えて40年になるが、我が家の庭に住まうこうろぎは、気の遠くなる遥か昔から、この地に住みついていた子孫である。

 こうろぎの世代交代を考えると、私との付き合いでも40代の交代があったと言えないか。すると40年間もの間、我が家の庭で生を受けるも秋には命を子孫に繋いで、短い生涯を終える。この生命の営みは雪解けと共に孵化して8月になると羽根の成長と共に、鳴く時季を知り、夜通し協奏曲を奏でるを賦命と私は感じるのである。

 我が家を囲んで夫々が縄張りがあるのであろうが争い無く住みつき、私がその部屋に移動しても聴き入ることが出来る。毎晩居心地よく鳴いて私の心を癒してくれる。我が家の庭に限らず、耳を澄ますと近隣の庭からもこうろぎに限らず秋の虫の音色が聴こえてくる。これこそ将に協奏曲と私が唱える所以である。見事なハーモニーで寝るのも忘れて聴き入ってしまう。

子どもたちも、こうろぎの音色を子守歌のように聴きながら成長したに違いない。この時季にこうろぎの音色を聴くたびに、都会にあっても、こうろぎの音色を聴く度に、屹度ふるさとの生家と幼少時代を偲ぶだろうに・・・



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