プロフィール

佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

最新記事

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

最新コメント

カテゴリ

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック

QRコード

QR

千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
ならぬものは ならぬ 19
総理大臣よ名を惜しまれよ

10日にあった衆参両院の予算委員会での審議をもって、加計学園問題を幕引きしようとする政府・与党の思惑は、果たして国民の支持を得れる代物であるかであるが、私は「ない」と断ずる。

柳瀬唯夫内閣総理大臣秘書官 (当時)は、総理官邸で、国民の面会要求があれば、「それに応える。」趣旨の答弁をしたが、果たして一般国民と柳瀬総理大臣秘書官との面談は、そんなに安易なものではないことは容易に想像がつく。

11日、愛媛県中村知事が、堪忍袋の緒が切れたかのように、「平成27年4月2日、総理官邸を訪ねた折に、県職員が柳瀬唯夫内閣総理大臣秘書官と交換した名刺と、当日県職員が愛媛県として柳瀬総理大臣秘書官に。説明した内容のメモを公表した。
柳瀬総理大臣秘書官は加計学園関係者との面会を認めたこと自体が、そもそも本末転倒であり安倍総理を保身するための都合の良い記憶の蘇りに映る。

総理秘書官を辞めたにも拘らず、この連休に総理大臣の中東外遊に同行したが、国会に参考人招致が目前にあるにも拘わらず日本を共に離れたことは、「発言の辻褄合わせ」と勘繰られても仕方あるまい。『李下に冠を正さず』の名言を官僚であれば知らぬはずはない。斯くも公務員は斯くの如く忠犬になりきれるものなのか。そんなことをして、一度限の人生に悔いは残らないのかと凡夫たる小生は寧ろ人生の蹉跌にならねばと哀れみに思う。

平成27年4月2日の面会に関わる疑義として
① 国家の中枢である内閣総理大臣の秘書官は、愛媛県、今治市の人的な且つ自治体の保証がなければ、一介の学校法人である加計学園関係者と安易に面会する筈はなく、何故に加計学園関係者と複数回も面会していることは極めて異常と言えないか。

② 況や、愛媛県中村知事公表した「県の要望メモ」には、どこにも加計学園の文字はない。「国家戦略特区制度」を利用するについては、加計学園オンリーではなく、愛媛県と今治市がこの制度を使って、獣医学部新設の実現を図ることであり、このことは、加計学園ありきではなく京都産業大学でも、或いは全国のどの大学でも要件が叶えば構わなかったのではないか。

③ 「国家戦略特区制度」 を利用するには、国に対して、加計学園ではなく愛媛県並びに今治市の何らかの基本計画等が先ず必要ではないのかと推測する。にも拘わらず、「平成27年4月2日、総理官邸を訪ねた」折には、柳瀬総理大臣秘書官が答弁した面会時の面会者の着席した位置関係がそもそもおかしいと感じないか。

柳瀬秘書官は「面前には加計学園関係者が座り、後列に愛媛県と今治市の職員が居たかどうかは記憶がないが、総勢凡そ10名ほどであった。」と答弁しているが、愛媛県中村知事が公表した「柳瀬秘書官と職員が名刺交換をした証しである『総理大臣秘書官 柳瀬唯夫』の名刺が、愛媛県の手元にあることを以ってしても、柳瀬秘書官は愛媛県職員、今治市職員の面会を記憶ないと果たして言い切れるのだろうか。

平成27年4月2日の首相官邸での面会は、柳瀬秘書官が安倍晋三首相と加計学園の加計孝太郎理事長との友人関係を熟知している故の面会であり、面会の記憶が加計学園関係者のみ記憶に残り、「国家戦略特区制度」 を利用するための手続きの主役である愛媛県並びに今治市の要望若しくは進捗状況の説明を受けた記憶がまるっきりないこと自体が、これこそ将に「加計ありき」の証左ではないか。

④ 地方自治体にも、これを支える職員の熱き思いと公務員としての矜持がある。「安倍晋三首相と加計学園の加計孝太郎理事長との今となっては、どす黒い友人関係」の手先、或いは片棒を担いだと後世に謗りを受けまいとする、即ち『是は是、非は非』とする地方自治体の首長の職員を護る心意気は流石であり、これをいささかも消沈させてはならない。
安倍晋三首相と加計学園の加計孝太郎理事長は、行政運営における公正の確保と透明性、況や行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることを唱える行政手続を何と心得ているのだろうか。

よって、
最早、安倍晋三首相と加計学園の加計孝太郎理事長との忌まわしい関係は、皮肉にも柳瀬参考人の発言で、白日に曝されたと言える。ここで敢えて総理大臣に塩を贈ろう。「丈夫は名を惜しめ。良友と信じていた親友が実は悪友であったこともある。然しとんだ親友を掴んでしまったと悔いてはならぬ。親友は親友なんだから。これも又人生である。己の至らざるを悟り潔く官職を捨て故郷に帰られるが良かろう。」と・・・

≪行政手続法≫
第1条 この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。第四十六条において同じ。)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。
2 処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関しこの法律に規定する事項について、他の法律に特別の定めがある場合は、その定めるところによる。

【追記】
②【朝日新聞D 5月11日22時32分配信によると、
安倍首相「忖度、される側は分からない」とフジ番組で説明のなかで、「間違っても、私に近いから利益を得たりということは絶対にあってはならないということは、はっきりしていかなければいけない。」と加計学園とは無関係を強調。

然し、世論は果たしてこの発言を許容するであろうか。安倍総理と加計理事長の交誼関係には、どうも安倍総理が純真に願う親友の願いとは裏腹に、「虎の威を借りた狐」の姑息さの弊が露出し、総理の願う親友としての価値観に乖離が生じていたのではないだろうか。「君子の交わりは 淡きこと水の如し」と権力者たる安倍総理が望んでも、「甘いものには蟻がたかる。」は世の習いであることを為政者は厳に戒めなくてはならない。

①【朝日新聞D 5月11日午後13時21分配信】によると、
愛媛県の中村知事は「職員はメインテーブルに座っていた。後ろじゃない」と説明。面会したのは加計学園の関係者、県職員、今治市職員の計6人で、全員がメインテーブルに座ったとし、「職員に聞いたところ、この日は吉川氏はいなかった」と。
また、「県職員は子どもの使いじゃない」とし、職員が積極的に発言した、とも主張。発言した職員が記憶をもとに作成した発言内容のメモを会見後公表した。


スポンサーサイト
名刺は人のつながりの証しだ
隠れていた人的財産の証し

この連休に、事務所に溜まった書類の整理をすることにした。「この儘では床が抜け落ちるかもしれない。」と脅されたからである。
整理するにあたって、「原則としてこの3年間に一度も必要としない書類は破棄」をしようと決めて作業に入った。この作業のために連休の後半である3,4,5,6日は、書類とにらめっこをして選別に終始した。

整理した書類の山は、軽トラック1台分にもなった。おかげで、事務所の広さは変わらないが、私の机の周りは書類の山が無くなったせいか、随分広くなったような気がする。手の届く範囲ですべての事務処理ができる永年の習慣が、書類の山に埋もれることとなったと言える。書類や書籍に囲まれているこの空間が、何とも言えない安らぎがあり、机に何時間向かっていても時を忘れてしまう。将に男の居場所である・・・

ところで、今は使えない名刺が書棚の整理と共に、再び日の目をみることになった。特に40代後半にかけて、行政書士会の役職が目まぐるしく変わった巡り合わせの時期と比例して、幾種類の名刺を刷ったことが窺える。更に行政書士の新規の資格取得に伴い名刺を新たに新調したこともあってが、行政書士会関係の名刺の使い残しが目立つ。更に議員になって、役職を与えられ役職名を冠した名刺も、その任期が終えると不用となる。これらの名刺の使い残しも夫々に思い出がある。

名刺交換をした数は相当数にのぼるが、名刺を手にしてもご尊顔を思い浮かべる人は、失礼だがまばらである。最近は写真入り名刺が幅を利かせているが、そのおかげで記憶の糸口を手繰り寄せる手立てになって、すこぶる便利である。

ところで、名刺は相対的に交換がなされて、その交換分の枚数が私の手元にあると言える。信条的に「一方的な名刺配布」は余程のことが無い限りしないこととししているからである。人を大きくする手立てとしての人様とのめぐり逢い即ち『邂逅』の証しとして、名刺ケースに収められた名刺は、人様と数多くの接見の機会を与えられたことに直に感謝している。名刺は将に人的財産の一角と言えまいか。



言葉に気をつけなさい
お前は誰だ

あるお宅を訪ねたときに・・・
庭に数人の児童がたむろしていた。その脇を通り抜けて玄関に行こうとすると、児童がいきなり・・・
「お前は誰だ?」と声を発した。するとどおだろうか、その場に居合わせる児童たちが一斉に「お前は誰だ?」と、恰も雀か燕が親から餌をもらうために一斉に囀る様を見ているよう言葉を発した。

私は子どもらに「年上の人に対して、お前は誰だ!の聞きかたはいけないよ。どちら様ですかと言葉遣いをしなさい。」と諭した。
すると年長の児童が「どちら様ですか?」とおうむ返しに私に聞き返した。先ほど同様に児童たちは一斉に「どちら様ですか?」と声をあげたので、「私は議員です。」と答えると、「議員さんですか?」ときょとんとした。議員の意味も分からず、多分議員という苗字と思ったらしく受け取ったようだった。

子どもの言葉(語彙)は、偏に保護者の日常の生活の中で自然に醸成される。屹度この児童の父親の日頃の言葉遣いを習得したものとし推測されるが、子どもの言葉の習得は怖ろしいものである。言葉遣いによって児童の保護者の社会的地位も凡そ想像がつくものでる。

この一瞬の児童たちとの会話で、私はマザーテレサの名言が想い出された。かってこのブログで引用したこともあるが、「言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから・・・」の件(くだり)をである・・・

子は須らく親の言葉遣いを真似するものである。然し幼い時に耳から覚え込んだ言葉遣いは、成人になってしまうと中々修正が難しいものである。であれば、親はそのことを重々自覚せねばならない。このことを思い知らされた一日になった。



母の慈愛は無償である
逞しさの原点をみた思いである

温泉で髭を剃っている時である・・・

小学生の2、3年生の児童が兄と連れ立って入ってきて、弟の児童が私の隣のカランに陣取った。
見ると、タオルを携えておらない様子だが、いきなり頭髪を洗い始めた。その洗い方の雑なことこの上ない。
次に・・・ボデーシャンプーを掌に取ると、何と体に手についたシャンプーを塗りつけ、手で全身を擦っている。そして、シャワーで洗い流して、これで終わりであった・・・
時間にしてほんの僅かであった。
タオルを携えていないので、当然、髪の毛はぬれねずみ状態であるが、本人は一向にお構いなしだ。

脱衣室で私はバスタオルで体の水滴をとっていると、例の兄弟があがってきた・・・
兄はタオルで体を拭いているが、タオルを弟に貸せる気配は更々ないようだ。弟はびしょ濡れの体をどうするのか興味があったので観察していると、何と大型の扇風機の前に立って、体を乾かしているではないか
この児童の逞しさに、私は唖然というより感動した。
この子は大きくなった時に、屹度使える人物になるぞ

救いは、ロッカーが父親と共用であったのか、ロッカーの中に小さなリックがあり、この中に彼の着替えが詰め込まれている中から彼は、洗濯された下着を引き出しては着ていたことである。母親の心づくしの小さなリックの中味が、この子の大きな心の拠り所であるような気がした。

何時の世も、子と親の絆の糸は結ばれている。まして母の慈愛はこの子が成人になるまで、恰も空気のようにその存在は分からないものであるが、成人になった時に初めて気が付くものなのかもしれない。無償の愛情とはそのようなものであると感じる。この子はこの母に見守られている限り、真っ直ぐ成長するであろう・・・

何か清々しさを感じた・・・





何様のつもりだ
痴者(うつけもの)

先日の酒宴の席上のことである・・・
宴も終盤になり中締めとして、「盃の儀」をすることになり、私が動議役を務める了承の下に、盃を受ける人、盃を差し上げる人を指名し、各々が厳かに前に進み指定された席について酒も注がれた。指名した者のお肴(小謡)を待っていると、お肴を指名された者が、何とお肴どころか、席も変えずにその場で講釈を垂れ、挙句の果て、「以上のことばを以ってお肴に変えさせて頂きます。」ときた

北信流の盃の儀では、こんなお肴は認められない。
何様のつもりなのか 「盃の儀」を何と心得る者か。将に「痴者(うつけもの)」だ。

お肴のやり直しを私は命じたが、彼は応じない。
そこで、本来ならばありえない動議役の小生が、お肴を務めてその場を収めた。

彼は「盃の儀」をないがしろにしたうえ、酒宴を仕切ろうとする「のぼせもん」によって、酒宴の座が一気に白けてしまった。
痴者をお肴に指名した動議役の小生が、人を見る目が無かったのである。
平生付き合いのない者同士の酒宴のとりまとめは難しい。