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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
針を落とさずも聞こえる名盤
こうろぎの音色は心を癒す

 亦、今年もこうろぎの演奏会が始まった。夜通しの演奏会である。演奏者は我が家の庭に住むこうろぎの子孫たちである。こうろぎは己の賦命を知っている分すばらしいと感じる。私がこの地に住居を構えて40年になるが、我が家の庭に住まうこうろぎは、気の遠くなる遥か昔から、この地に住みついていた子孫である。

 こうろぎの世代交代を考えると、私との付き合いでも40代の交代があったと言えないか。すると40年間もの間、我が家の庭で生を受けるも秋には命を子孫に繋いで、短い生涯を終える。この生命の営みは雪解けと共に孵化して8月になると羽根の成長と共に、鳴く時季を知り、夜通し協奏曲を奏でるを賦命と私は感じるのである。

 住宅を囲んで夫々が縄張りがあるのであるだろうか、争い無く住みつき毎晩居心地よく鳴いて私の心を癒してくれる。これが将に協奏曲と私が唱える所以である。見事なハーモニーである。子どもたちもこうろぎの音色を子守歌のように聴きながら成長したに違いない。この時季にこうろぎの音色を聴くたびに、都会にあってもこうろぎの音色を聴く度に、屹度ふるさとの生家と幼少時代を偲ぶだろうか・・・



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せっかちな運転手の何と多いこと
暑いのは分かるが・・・

暑さと人間のイライラは比例するのであろうか?少々のことで苛つく者が多い。
特にドライバーに顕著に見受けられる・・・
お盆近いこの時季、他府県のナンバーの車の往来が激しい。ちょっと待てば良いものを、無理して割り込んだり、あおり運転と思える行動には腹が立つ。
旅の恥はかき捨ては、徒歩で旅した時代の話である。ぶつかっても人同士で命沙汰には程遠い。今はとてもとても詫びて済まされるご時世ではない。車社会は一歩間違えば大事故に繋がりかねない。危険と紙一重である。にも拘わらず逃げ徳的な非道行為は許されまい。お互いにちょっと譲り合えばすむことなのではないか。自重自重・・・



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濹東綺譚は地図帳だ
東京の下町を語るに

私は学生時代に東京の下町と言われる向島に一時期住んだことがある・・・
高校時代の同級生が、東向島のアパートに住んでいたので、居候として同居したのであるが・・・

東向島時代に、同郷の友人の義兄のご家族が「玉ノ井」に住まれていて、日曜の朝などは朝食を頂いた事も思い出す。
住まわれている家の造りも、往時を偲ばれる構えであったように記憶する。後に「濹東綺譚」を読むこととなるが、それまでは玉ノ井の歴史的存在は知らなかった。唯19歳そこそこの私であったけれども、風情のある情緒豊かで、住んでいる住民からは大らかさが漂う雰囲気の街並みを感じた。

大学2年のころ、永井荷風の「濹東綺譚」を読むこととなるが、かって一時期住んだことのある、東向島や玉ノ井等下町の町名が事細かに書かれていて、町名を点とすならば、二点を線で結んで、更に点を辿ると、大好きな下町をそのまま散策でき、恰もこの小説は地図をなどっているように感じたものである・・・

最近、久々に書棚から取り出して「濹東綺譚」を読み返してみた・・・
黄泉に召された同級生と通った、下町の「松の湯」界隈が思い出された。彼はこよなくこの東向島界隈を愛した男だった。
彼と風呂上がりに飲んだラムネの旨さが思い出された・・・

上京する機会があったら、曳舟から東向島界隈を訪ねてみたいものだ・・・



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いきがりは所詮ごり押しだ
性分は齢をとっても治らない

この齢になると、尚更にエゴイストになってしまうのか、どうでもいいことも許されない・・・
市内の某スーパーの入り口で、カートを引き出そうとしたら、年配の老人が私の行為を妨害するようなカートの引き出し行為に及んだので、
「待て」と一言発した。
すると、この男性が
「なんだと?」と恫喝してきた・・・
「私が先に、手前にあるものを出そうとしているのに、邪魔をするな」と言うと一括、
老人はカリカリして
「違うものをとるんだからいいじゃなか」といきがり、私に殴りかかろうとした。
「駄目だ!」と一括すると、相手は怯んだ。

ふと、この老人の少し離れた所に、連れ合いがハラハラした様子で、二人の成り行きを見守っているではないか・・・
私は女性に弱い。これ以上は自制と間を置くと
相手も挑発的な態度をおさめたので、私は更なる言を慎むこととし、私は徐にカートを出して店内に移動した。

ハテハテこの老人は、へのしたようなくだらないことにいきがって、言いがかりをつける生きて方をして来たに相違ない。そのたびに女房に迷惑を掛け、嫌な思いをさせ、 泣かせて来たんだろうと思えた。

老いぼれてもいきがりは治まらない。いきがりは所詮ごり押しだとは知らず、かっこいい生き方だと思って生きて来たのかも。




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昨今落語にはまる
落語は奥が深いおもしろい話芸だ

思えば25、6の頃であったか、法律家になるべく励んでいたが、ある時に落語家になろうかとラジオの落語番組を聞き入ったが、落語家になる夢はあっさり捨てた。
理由は、信州の片田舎で育った私は、独特のアクセントである「江戸弁」が今更修得できないと悟ったからである。会話の間に挟まる「よぉ」の間合いが取れない。名優渥美清が「男はつらいよ」の映画の中で発する「よぉよぉ」とか「よぉ」は天下一品ではないか。親しい下町育ちの弁護士さんも、会話をしていると江戸情緒豊かなイントネーションである。この発音が出来ない以上、江戸古典落語は到底できないと知らされた・・・
二十歳までどっぷり信州の山猿で育った人間が、江戸言葉を今更真似ても所詮は「メッキ」で本物にはなれない。名人と言われる噺家にはなれないと感じた・・・

大阪弁の「さいなら」も亦然り。これも大阪弁を代表する最たる言い回しを備えた独特の天下一品のことばである。
大阪で育った生粋の大坂人の「さいなら」は何とも言えない情感が籠る。
私もこの言葉がお気に入りで、何遍も真似してみたが、耳の奥底に焼き付いている生粋の大阪人の「さいなら」には程遠い。所詮は真似でしかない・・・

NHK深夜便は関西の落語家と東京の落語家の聴き比べが出来る番組であるが、如何せん真夜中なので起きていれないときもある。そこで予約録音をしておいて、好きな時に聴くこととしている。
落語は中々奥が深いおもしろい話芸である。


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