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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
求められる真の為政者とは
この正念場を乗り切るために何を為すべきか

 厚生労働省によると、「25日午前0時時点で、全国の自宅療養者数が11万8,035人となり、初めて10万人を超えた。」この情報にはびっくりしました。市民には一切誰がコロナ感染者とは知らせず、然し全国に11万8,035人もの人々を自宅療養させている国の無神経さに唖然と致します。

 国はパラリンピックが終えたら、野戦病院を国立競技場のグラウンドに設営するか、選手村の建物を速やかに開放して、都内の自宅感染者を医療の整った病院として入院させるべきです。

 8月31日現在、県内の感染者の累計は7878人で、現在、医療機関や宿泊施設、それに自宅で療養している人はあわせて929人との報道です。
 須坂市も感染者累計は181名を数えます。現在の自宅療養者の数が公表されておりませんので人数の把握はできませんが。自宅療養者の方々は不安な毎日を過ごされていると思います。容態が急変した際の救命手段をどのように考えているのか、自宅療養で済まされるのかを、9月定例議会一般質問で問いたいと思います。



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上野駅は斯くも近くなりにけり
急行・信州✕号の思い出

昭和42年春、大志を抱いて上京しました。当時は長野から軽井沢まで客車を電気機関車が牽引し、碓氷峠は急こう配のためアプト式が採用されていたので、特殊な機関車を増結して峠を下った。横川駅では名物の「釜めし」がホームで売っていたが、姉が「門出の祝い」と言って作ってくれた「いなり寿司」をほうばって昼食とした。列車は高崎、熊谷を経て雑木林の中を長らく走り抜けて大宮に着いたが、姉が作ってくれた大握りのいなり寿司の折箱を開けたら18個も入ってていたが、残すのももったいないので横川から食べ始め大宮で漸くすべてを食べ尽くした。パンパンの腹になって聊か難儀した。
列車は荒川を越えて漸く上野駅に着いた・・・

その後、電気機関車が牽引する列車は各駅停車と準急になり、緑色と山吹色の旧国鉄 クハ169系の電車が登場した。列車名は「急行 信州」と名付けられた。学生時代はこの[急行・信州]が郷里を結ぶ足となった。長野・東京23区間の乗車賃が学割で1030円か1080円で、急行券代300円とで郷里と往復できた時代であった。学割で急行代が賄えたが、当時は1ヶ月18,000円で生活できた時代の話であるが、矢張り今思えば上野までの電車賃は当時も高かったんだと感じる。因みに横川の「釜めし」は当時250円であった。

「初心を生涯忘れるべからず」の心意気はいまでもある。この闘志を忘れることのないようにと、上京当時の「 クハ165-132」の鉄道模型を書棚に置くこととした。老いての怠け癖を抑えるためである。机から書棚に目をやると、青春時代に郷里と東京の往復の足として利用した、「急行・信州」の模型がこちらを睨んでいる。学生時代に怠けていると、志を同じくする勉強仲間内が互いに『志を忘れたか?ちんたら・ちんたらするな』」と気合をいれ合ったたものであるが、亡き友の声が鉄道模型から浴びせられやしないかと、気を取り直して机に向かう。

上京当初は、信越本線も列車は各駅停車、準急と急行があったが特急は未だなかった。急行でも長野⇔上野は凡そ4時間も要した。それでも小学生の時に東京に行ったときは、蒸気機関車に6時間も揺られて行ったことを思えば、東京はずいぶん近くなったと思えた・・・

憧れの東京は、郷里より遠く離れるところに意義がある。何とかして一日も早く志を成就して、須坂に帰ろうとする思いの先が、「急行・信州」であったからだ。

時代が変わり、碓氷峠間の複線化と電気機関車の改良でスピードアップが図られ、「特急・あさま」の出現で上野まで3時間20分位になり、更に長野新幹線(現・北陸新幹線)が開通して1時間20分位まで短縮された。長野と東京の距離は変わらないが、電車に乗車している時間が短くなった。このことは、ビジネスマン等には有益であるが、果たして時間や余暇がたっぷりある学生にとって良かったかは疑問である。新幹線の登場で在来線の信越本線の碓氷峠間である軽井沢⇔横川が廃線となり、在来線で関東にでることができなくなり、上野駅まで行けなくなってしまったことが残念で堪らない。信越本線で高崎経由田端操作場への直の貨物列車が、篠ノ井線、中央東線の迂回でしか関東に運べないことは、遠望「するにCO2問題が課題になる昨今、鉄道輸送こそ環境にやさしいことを思うとき、更に北信・東信経済圏にとって、矢張り当時僕が提唱した「信越本線存続」を聞き入れて、存続運動を強烈にすべきでなかったかと今でも思っています。

今日は、送り盆である。故人が黄泉の国に戻られる日である・・・
仏壇に手を合わせ、頭を垂れて万感の感謝を念じて、門から送り出そう・・・


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秋の虫こそ気象予想官だ
四季のうつろいの早きを知る

温度計は優に35度近くにあがり、信州の北にあたる善光寺平は長野盆地とも呼ばれている。盆地を二分するかの如く千曲川が南北に流れ、四方は高い山に囲まれている。内陸性気候のせいか四季がはっきりしていて、それぞれの季節毎の自然が美しい。
然し、夏は鍋底のような盆地特有の地形がそうさせるのか、灼熱の太陽が容赦なく照り返す。沖縄より高温の日が続く・・・
すずめは、腹を空かして餌を求めに来て梢で餌を催促するも、水の要求はない・・・

地面も灼熱に晒されン汁て、小動物はどうかと観察するに・・・
足元をみれば、この暑いにも拘わらずアリはせっせと庭を巡察中、まるで我庭の保安官だ。
蝶は優雅に花から花に舞いながら、花びらに暫し羽根を休める。
蜂は蝶のように優雅に舞う羽根はないが、高速に飛べる強靭な羽根でせっかちに、花から花へと密を求めている。
朝顔も流石にこの暑さに耐えきれず、昼時近くになると可憐な花びらも萎れてしまう
「花の命は短くて」と林芙美子が詠った如し朝顔の果敢な生き方を一入感じる
庭の草木も、今日こそ「一雨欲しいが」と我慢の二字で夕立を待ち続け、じっと耐えている・・・

この暑いやり切れん真夏にの8月2日、
夕時に我が家の庭から「秋の虫の音」が聴こえて来たではないか
「あれれれっ、こんなに早かったかな?」と地主の筆者が首を傾げたくなる季節感だ。
秋の虫こそ季節を捉える気象予想官だ・・・
小さな虫にも縄張りがあるらしく、我が家を囲んであちこちから虫の音が聴こえてくる
まるで示し合わせているかのように、初鳴きは一緒である・・・

夜半も暑苦しくて眠れないが、虫の音が網戸を通して聴こえてくると、四季のうつろいの早きを知る
秋の虫の音には、何とも言えない清涼感があるが・・・
何と歳月の流れの早き事かやと、少年も今では白髪に化した頭を撫でること頻りなり
秋の虫の音を聴いていたらふと
師は元気でおられるかや
青春時代を共に過ごし、今は異郷にあるともがきは恙なきやと

ぬっ? 雷鳴が響いたぞ
今日は一雨欲しい 地域を広範囲に気温を僅かの時間で、確実に5度は冷やしてくれる夕立は、将に天からの贈り物だ
大地からの恵みの西瓜や果物、野菜。人類があみ出した冷えたビール・・・ 
これだから夏はたまらん、たまらん・・・



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ならぬものはならぬ 35
「黒い雨」訴訟で上告せず 菅首相が表明

菅総理大臣は、26日午後、総理大臣官邸で、田村厚生労働大臣や上川法務大臣と対応を協議しました。このあと菅総理大臣は記者団に対し、「判決について、私自身熟慮し、その結果として84名の原告の皆さんについては被爆者援護法に基づいて、その理念に立ち返る中で、救済すべきであると考えた。そういう考え方のもとに、上告については、しないこととした。(NHK広島 7/26)

思うに、国の「上告しない」勇断は、原告の皆さんの苦汁を救うこととなります。広島市民、広島県民の総意が国を動かしました。「寧ろ、遅い」と私は思いますが、国が国民目線に真摯に応えたものと評価を致します。国は、速やかに原告の皆さんに被爆者健康手帳を交付され、戦争によって被爆され戦争犠牲者となられた国民に、手厚い戦争の償いをさしのべるべきです。(7/26)


「黒い雨」訴訟 2審も原告全員を被爆者と認める

「2審の広島高等裁判所は令和3年7月14日、1審に続いて原告全員を法律で定める被爆者と認めた。以下、NHK広島、中國新聞外の記事を要約すると、概ね下記のとおりである。

7月14日の2審の判決で広島高等裁判所の西井和徒裁判長は、
Ⅰ.1審に続いて原告の住民全員を法律で定める被爆者と認める。
Ⅱ.被爆者健康手帳を交付するよう広島市などに命じる。

判決で・・・
国が援護区域の範囲を指定する根拠となった当時の気象台による黒い雨の調査について
①調査は限られた人数と期間で行われ、資料が薄かったり、ばらついたりする地域もあった。
②この調査よりも広い範囲で黒い雨が降ったと推定するのが妥当だ」と指摘。
よって
③住民たちはいずれも、黒い雨が降った地域に所在し、雨に遭ったと認められる。
然るに・・・
④援護区域の外にも「黒い雨」による健康被害が及んでいたと判断される。

「黒い雨」控訴? 国は何を考えているのだ!

私は、2020年8月16日付 本千曲のかなた 「ならぬものはなならぬ30」で、「黒い雨」控訴? 国は何を考えているのだ!と題して唱えました。茲に再掲させて頂きますと・・・

「国は原爆投下されてから75年も経っているのに、今更「判決は科学的な知見が十分とは言えない」と高慢ちきな理由付を以って控訴に及んだ。
然らば、
①75年前の原爆投下時点で一瞬に焼け野原となり、尊い人命が失われ、行政がマヒ状態に陥った非常時下ので、科学的な見地に足る資料の保全が為されたとは到底思えない。
②原告らが「黒い雨」の降雨を浴びたことが最も確かな証拠ではないか。原告が訴えている様々な心身の症状がその証(あかし)ではないか
③政(まつりごと)を国民から与(あずか)る政府は何様の心算なのか。国家の主役は国民であることを失念している。
国と民意の乖離も甚だしい。国は何を考えているのだ!」と国家を糺しました。

この14日に下された2審の判決の要約は前記のとおりでありますが、私が「ならぬものはならぬ 30」でお示しした、一介の法学徒が説いた法的思考が将に判決で認められた思いでいっぱいです。

国は、国家の権威だとか威信を捨て、「速やかに原告の皆さんに被爆者健康手帳を交付され、戦争によって被爆され戦争犠牲者となられた国民に、手厚い戦争の償いをさしのべるべき。」であります。




テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

問われる横綱の品格
回しを締めたプロレスラー

いつの頃に相撲を覚えたのか覚えがないが、少年時代は毎日と言っていい位に相撲をとったものある・・・
小学生時の休み時間に、はたまた帰宅して近所の腕白を集めて相撲をとった・・・
私が「栃錦」で、弟には「栃光」、従弟には「若乃花」。あとは琴ケ浜、松登、安念山、北の洋等の四股名を竹馬の友に、私が夫々つけてやって、我が家の裏庭で相撲をとったことが懐かしい・・・

中学生時代も休み時間に相撲をとり、汗がひけるまで下敷きをうちわ代わりに授業中もパタパタと扇いでいだ記憶がある。
少年時代の体験からして、相撲や柔道の面白味は観るものではなく、自らが一対一で体をぶっつけあうことが一番楽しいと今でも思っている・・・

少年時代に横綱千代の山、栃錦、若乃花、朝潮をラジオ中継、更にTV中継を観て育った私にとって、今の某横綱は横綱相撲とは言えない。土俵入りの所作も何とも言えない違和感がある・・・

名古屋場所も結びの一番は、二日目の遠藤戦を観て憤慨し、三日目からは敢えて千秋楽まで結びの一番は見ないこととした。土俵入りの所作、取組の立ち合い、勝負がついた後のダメ押しで、土俵下に相手を突き落とす卑劣さが、あるまじき行為として観る気がしなくなった。遠藤は二日目の某横綱戦で、土俵を割った後の不意に喰らっつたダメ押しで、肢を痛め休場に至ったに相違ないと思っている。

とはいえ照ノ富士が戦う千秋楽は見ないわけにはいかなかったので、結びの一番をみたが、がっかり・・・
某横綱のプロレスまがいの立ち合いが、何ら少しも変わっていなかった。これが横綱相撲かと。これは相撲ではない。明らかにプロレスであり格闘技だ

立ち合いで、番付が下の力士にいきなりビンタを喰らわす。下位の力士が仕返しのビンタを憚ることを百も承知のうえで、立ち合いに相手の頬にいきなりビンタを喰らわす。力任せの張り手というよりビンタだ。然も連日繰り返す。これが先ず卑怯千万な行為だ。更に相手の顎めがけてのカチ上げとは違う、サポーターで保護した腕はプロレスのエルボーとなり、これは相撲48手とは思えない破壊力となる。
勝負がついた後にダメ押しで、土俵下に相手を突き落とす行為は卑怯極まりない。、観ていて見苦しく私にはどう見ても傷害行為としか思えない取り口の汚なさである。将に横綱として、あるまじき行為の連続ではないか。
某鉾綱の優勝した15日間の勝ち星内容も、立ち合いの強烈なビンタとごついサポーターに身を包んでのカチ上げによる勝利内容では、全く横綱として情けないない内容である。優数勝回数も史上最大とのことであるが、立ち合いのビンタとエルボーを禁じ手にすれば、某横綱の一場所毎の勝ち星は然程ではないはずだ。

過去に、土俵外での貴ノ岩に対する傷害事件の発覚は、モンゴル出身力士間の同郷会の名を借りた、陰湿な星の支配や優勝の配分かと窺えた。会の掟に逆らう力士への暴行による制裁であったのか。泥酔した横綱日馬富士はこの掟を守るために、オーバーランをしてしまい、傷害の事実が発覚して力士生命を絶たれてしまった。
傷害事件の首謀者は、傷害行為を教唆した者は誰であったか。当時の報道記事等を読んだが、果たして日馬富士は首謀者とは思えない。外国人同士の傷害事件であっても、日本国内で起きた傷害事件である以上、厳格に我が国の刑法が適用されるのは当然だが、首謀者が処罰されない儘幕を閉じていることも納得できない。

話を戻そう。
某横綱は決して天下無双の力士とは言えまい。そもそも休場明け毎に優勝できること自体不可解でならない・・・
某横綱は力士ではなく、紛れもない相撲の取り口を観ても、回しを締めたレスラーである。
早々に相撲とりを止めて、プロレス界に転職なされることをお勧めする。

日本相撲協会は、永年培ってきた神格された力士の象徴である「横綱としての品格とは」何かの原点に立ち返るべきである・・・
某横綱の立ち合いの強烈なビンタ(張り手)と、ごついサポーターに身を包んでのエルボーは個別的に禁じ手にすべきである。
総ての力士は、本番での取り組み時には、腕にサポーターの装着をすることを禁止すると案は如何か。
部屋制を敷いている以上、所属部屋を越えての同郷会等の力士の集まりを、現役力士は一切これに参加することを認めない。あってはならない星の貸し借りの嫌疑を払拭するためにも、協会は毅然と取り決めるべきである。
国民から「力士」と呼ばれる歴史的重みのある名称である、「力士の矜持とは」何かを、真摯に力士に問い直して欲しい。

正直言って、私は大関陥落前の照ノ富士への評価は、高慢ちきで、相手を振り回す力士の印象でしかなかったが、艱難辛苦を乗り越えて横綱を勝ち取った照ノ富士の不死鳥とも思える復活劇に注目した。取り口も「手法はどうでも勝てばいいんだ」とする相撲でなく、品格の備わった力士に変貌していた。番付のどん底まで落ちて、人生観が大きく変貌したものとい窺える。幾度の辛酸が人格の本質を鍛えなおし、彼を大きくしたと言える。よくぞ復活を成し遂げたと評価を惜しまない。これも偏に師匠(元横綱旭富士)の導きと、師匠を信じる照ノ富士のこころの絆があったからだと斟酌するが、どうか照ノ富士よ決して高慢ちきな横綱にならないで欲しい。

信州出身の御嶽海は馬力と勝つ執念を取り戻して横綱を目指して欲しい。立ち合いのビンタとエルボーを武器とする力人の対戦には重々気をつけること。勝負がついた後にダメ押しをする力士との取組には、怪我を負わされないよう十分注意する。自ずから大関は通過点である位の気概がなければ、そもそも御嶽海の大関は無理だと諫言したい。最近の御嶽海は、信州は県民、企業も報道機関も挙げて御嶽海を応援していることを忘れていないかと思うふしがある。当初は母校東洋大学の化粧回し1枚しかなかった筈だが、当初の母校の恩義を忘れていないかと感じる。取り口に気迫が失せ、万年関脇で甘んじいる姿勢では、結局は最高位は関脇でしかない・・・
どうか信州が生んだ名代の力士雷電に一歩でも近づいて欲しい。横綱を目指す気迫と支援者への恩返しの心意気が、大関に通じ横綱に拓けると信じている。



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