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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
為せば成る
萩野公介蘇れ、羽ばたけ

人生は幾度となく見えない「壁」に突き当たるものである。見えない分、中々手ごわい壁で、容赦なく行く手を阻むものである。スランプに対して、巷の心無い雑言や中傷が、我が身をさいなます。そうなると弱い自分がささやく「君には無理だ」「無駄だからあきらめな」「負け犬になれ」と・・・。

然しこの見えざる壁に敢然と戦うことは至難であるが、「あきらめず苦境という壁をよじ登るぞ」とする解決法は、先ず見栄や外聞を捨て去って、弱い自分を吹き飛ばす勇気だ。これが無いと心はしぼみ空回りする日々を送ることとなる。そんな時は焦らず、温泉にでも浸かり、神社仏閣を観て回るもよし、師と共に時間を過ごすことも必要かもしれない。見えざる壁に敢然と戦うには、のほほんと過ごすことに尽きる。

しかもこの壁は、人生において何度となく現れるからや厄介だが、そのたびに、究極的には「負けてたまるか」と己の心身に巣くう弱い己と戦うことで、詰まる所は「克己心」だと悟りながら、私は乗り越えてきた・・・

オリンピックの栄光を掴み取り順風満帆であった貴君にとっては、今年の2月に襲った不甲斐ない結果は、貴君を不安のどん底に突き落としたに相違ない。東京は文京区、白山台の東洋大学の学舎が同窓である者にとって、「ここが萩野の人生の踏ん張り所」と静観するも、必ずや萩野は再起することを信じ且つ願って、立ち直りを待ち望んでいた。

貴君は決してまぐれや偶然で金メダルが採れた浮かれ者ではない。不断の努力と修練で勝ち得た栄光であることを忘れないで欲しい。勝負師である以上一喜一憂すべきでない。

世界の第一人者になった貴君に、つきまとう「常勝」の重荷は、大きな大きな負担と不安の折り重なる日々であったであろう。然し競泳者という道を選んだ以上、それに打ち勝たねば真の世界の第一人者になったとは言えまい。

6月6日、貴君は復帰を宣言した。「萩野ここにあり!」をどうか世界に示して欲しい。白山台で学ぶ或いは学んだ仲間は、須らく白山台で培った闘魂がめらめらと蘇る貴君に期待し、声援をおくり続けるぞ。貴君を支える多くの人たちがいることを決して忘れないで欲しい。力強く蘇れ、羽ばたけ萩野




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四方の山々に囲まれて 贅沢だ!
五月晴れは四方の山並みが映えわたる

この時季の北信濃は晴天に恵まれ、四方の山並みがくっきりと見える。
地元須坂の山でありながら、ふもとからは全貌が見渡せないスケールの大きな根子岳は、千曲川を渡河して長野市からの眺望で、初めてその全貌が隈なく見渡せる。
写真は、長野中央病院の駐車場から撮影。根子岳、四阿山、浦倉山の外輪山の雄姿がすばらしい。須坂に生まれ育ったものの心のふるさとの山でもある・・・

令和元年五月 ふるさとの山 根子岳



更に北東に目をやれば、笠岳とその右に横手山を望むことが出来る。ふるさと高井郡の誇れる名峰だ。何れも北信濃が日本に誇れる名峰ではないか。



令和元年五月 ふるさとの山 笠岳

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GWは日本晴れ
孫にせがまれ善光寺詣り

孫にせがまれて、今日(3日)は善光寺さんを参拝した・・・
城山より境内に入ったところ、左程に人出を感じなかったが、本堂の正面に廻った途端、人出の多さにびっくりした。
御開帳を思わせる人の出である。流石おらが邦さの善光寺様である。
本堂に入るも、人込みで中々賽銭箱に辿り着かない。人を掻き分け掻き分け漸く賽銭箱の正面に至る。

徐に銭を賽銭箱に投げ入れて、合掌して日頃の感謝をご本尊にお伝えする。これは幼き日より善光寺さんの本堂で手を合わせる際の決まり事である・・・

山門をでて、脇の坂道を下ると、名代の蕎麦屋があるが、そこに立ち寄り家族で昼食をとることとした。店内は観光客で満席であったが、倅が予約をしておいてくれたので、すんなり予約席に着けた。

蕎麦はつるつると喉を滑り胃に収まる。蕎麦は一気に食べ尽くすに限る。そばチョコの中でどっぷりとそばをつゆに浸して口にすると、そばの風味などは分からないだろうと感じるが、人夫々勝手な食べ方で良いと思う。と言いながら、蕎麦は山葵の効いたつゆにちょいと漬けて、食べるのが一番であると東京時代に身につけた食べ方である。
冬でも「かけそば」よりも「もりそば」を所望する所以である。

参道に足を運ぶ・・・
歩道から人は溢れ、車道の催しに人々は流れ出る。今年のGWの長さも長いが、これは幼い頃の農繁休業に匹敵する長さではないか。否、寧ろ長い 十日も休める程日本経済は安定しているのであろうか?企業は?役所は?とあれこれ考えてしまうが、斯く言う私自身ものうのうとこのGWを孫と一緒に満喫している・・・

孫にせがまれ善光寺参り、せがまれは様々ああるが、孫からのせがまれは、いい思い出にほかならない。孫が主役の休日は楽しいものだ。



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浮かれまえぞえじっくりと
令和元年5月1日(元旦)にあたって

令和と改元されて、将に令和元年元旦と心得る今日、心新たに何を為すべきかと考えた・・・
私は、この与えられた記念すべき国民休暇日に、憲法を読み返してみることに充てたいと考える。

平和憲法を貫いた戦後74年、戦後の昭和44年間と平成31年間、併せて74年間が平和で有り続けたのは、憲法を最高法規とする法の支配による平和の守りと願い。戦争の惨禍を二度と繰り返すまいと決意された、昭和天皇、平成天皇の切なる願いが「行幸」という形をとおして、具体的に国民に示された功績が大きいと思料します。当然、国民の平和に対する願いもそこにあることですが、戦争に明け暮れた明治、大正と戦前の昭和時代とは違った、平和国家が74年が保たれたことは素晴らしいことです。

今日から令和。この意味からしても、如何に平和を護るかを自戒するためにも、憲法を読み返すことは意義はあると信じます。
昭和、平成そして令和の御代を個人の自由意思を持って、生き抜ける日本に生まれ、そして生涯に亘り穏やかに日々を送れることを幸せと感じます。


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五十肩の痛みは別格だ
五十肩

ある日突然襲いかかる肩の痛みは、誰しも経験するものかもしれないが、兎に角何かの拍子に走る激痛は、肩から腕が取れるのではないかと思う程の痛みだった・・・
これを五十肩と言うらしいが、60歳の折も亦痛みが走った。はて、これも五十肩と呼ぶのであろうかと・・・

先日、知人から「五十肩になって職場も休んでいる。昼間は何ともないが、夜寝ると痛みがはしって眠れない。」と、嘆きの電話をもらった。詰まるところ、特効薬はないものかとの相談である・・・

私も五十肩で七転八倒していた経験があるが、痛みを和らげるために、あれこれ試行錯誤しながら、ある日突然気が付いた!
夜寝るときに、腕は斜め下に下がる。この腕から指先まで敷布団と平行にして押し上げてれば、痛みは和らぐのではないかと、長座布団を腕の下にあてがってみたら、これは思惑道理で効果があった。然し、悲しいかな人間は寝返りを打つ。この寝返りが肩の痛みを呼び起こす。イタタタタッ。
所詮、特効薬何ぞはなかったが、いっそうのこと、縦の筒状の中で寝ればいいのではないかとも考えたものである。

五十肩の突然の襲来を恐れて、風呂に入るたびに肩の回転、反回転を念入りにこなす。そんな運動がよいのか今のところ肩の痛みはないが、知人からの電話はあの激痛を彷彿させてトラウマに陥る・・・

平成最後の我が家のハナカイドウ
我が家の庭に咲くハナカイドウ


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