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佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

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千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
許されざる蛮行ぞ
言語道断な愚行に怒る

7月8日、閉会中の委員会の開議があり、議会に詰めておりました。
同僚議員より、安倍元総理大臣が銃で狙撃され心肺停止との情報を知りました・・・
何としても一命を取りとめて欲しいとお祈りしましたが、願いは通じませんでした。洵に無念でたまりません

安倍元総理大臣の暗殺は許されない所業です。 
容疑者に関わる生い立ちから犯行に至るまでの経緯が、連日報道機関により報じられている。親族の宗教入信により家庭崩壊してしまった起因と極貧生活、それを端緒に宗教法人に対する私恨を抱き報復するに至る心情は分りますが、報復の矛先を安倍元総理大臣にすり替えることは飛躍した結論であり、更に私恨を晴らすために暗殺計画を練り、手製の銃器を拵えて、虎視眈々とその機を窺い、卑劣にも背後から忍び寄り復讐の目的を果たす一連の行為に及び、その結果、容赦なく人の尊い命を奪う行為は許せません。この行為について、如何なる弁解も弁明も許されません。償い切れない大罪を犯してしまったことを知るべきです。

7月12日、安倍元総理大臣の葬儀が営まれ、その模様をTVで拝見しました・・・
銃弾によって命を奪われたことの無念さ、口惜しさ・・・
安倍元総理大臣のご心中を慮るとき、私もこみ上げる怒りを覚えました。
斎場に向かわれる霊柩車に、こころよりご冥福をお祈し合掌しました。



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コロナ7波の気配に
コロナ波の「うねり」現象はいつまで繰り返すのか  

長野県内のコロナ感染者数は7月5日から連日3桁となっている。
当市も5日から2桁を数え、一昨日(金曜)は30名である情報だ。
コロナ波の「うねり」現象は、これから何年も際限なく繰り返すのであろうか・・・
コロナ撲滅の良薬はないのだろうか・・・
臭いもなく、色もないコロナウイルスに、人類はいつまで怯えなければならないのだろうか



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諸行無常
人の命の無常のつらさに耐えるつらさ

先日のこと・・・
携帯電話に「一寸お話が・・・知りたいことがあります・・・以上」のメッセージが留守番電話に残されていましたが・・・
翌日気が付き、早速折り返しの電話を致しましたが不通でした・・・
それでもと、更に翌日電話を致しましたが、やはり通じません・・・
更に、昨日電話しましたが通じませんでしたが、暫くすると本人の携帯電話の呼び出し音があり、早速に出ると電話の声はご主人でなく、奥様でした・・・

「主人はたった今、息を引きとりました」と・・・
留守番電話に残された声は、いつもと変わらない元気な声であられたのに、一体何があったのでしょうか・・・
彼は私に何を聞きたかったのでしょうか?

人の命のあまりにも儚さ、無常のつらさをまざまざと突き付けられた思いです・・・
亦、一人かけがえのないご仁との永訣です。
頭を垂れ 合掌




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わが友よ さらば さらば
安らかに眠ってください

人との邂逅は宿命的なものであって、私は前世からの決め事のページめくりと最近は感じます。
己の人生の航跡を見つめ直すに、よりこのことが強く感じてなりません・・・

少年時代の父の死、遠回りしての上京と就学、恩師の下での学んだ二十歳代・・・
田舎に帰坂した三十代に私は生涯を共にする友を得ました・・・
当時、望み破れて傷心の日々を過ごしていた、言わば無冠の私に、多くの人々の無償の差し延べをを受けました。
この歳になって、余計に当時の辛酸が人生において必要であったと感じます。

邂逅こそが人的財産と思います。人との出会いが大きく人生の支えとなり、親交を深めました・・・
弟のように意を通じ、弟のように動いてくれた君の訃報に愕然としました・・・

今日は告別式・・・
式場に参じて、惜別の念を込めて合掌したいと思います。
友よさらば、さらば 亦、来世でも逢おうや・・・   




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大糸線は単なるローカル線にあらず国の主要幹線である認識を持たれたい
大糸線は東日本と北陸を結ぶ幹線である認識が必要だ

「JR大糸線の小谷村の南小谷駅から新潟県の糸魚川駅までの区間は,平成4年度以降、利用者が減少し「輸送密度」は令和2年度で50人とか。JR西日本は「輸送密度」が2000人に満たないほかの「線区」と同様に、利用促進策のほかバス路線への転換を含めてその在り方を検討利便性はしていきたい。」との報道である(NHK長野 5/12)。

 思うに、信越本線の横川と軽井沢間が廃線になり、長野駅経由の金沢⇔上野間の「特急・白山」がなくなり、都市圏から在来線を使っての北陸方面への輸送手段は大きくかわった。北陸新幹線が長野から先が工事中であったときは、『上野⇔金沢間は高崎線、上越線で六日町駅に出て、「北越急行ほくほく線」で直江津、糸魚川の北陸本線を利用するか、新宿から中央東線で松本駅に出て大糸線に乗り換えて糸魚川駅で、更に乗り換えて北陸本線で金沢方面に出る』ことが考えられるが、私は幸いなことに何れののルートも過去に乗車している。

 北陸新幹線が長野から金沢まで開通したことにより都心にでる乗車中の所要時間が極めて短い利便性は一気に向上し、あえて「北越急行ほくほく線」に乗るとか、「大糸線経由で松本経由新宿に出る」乗客は無くなり、快適な乗り換えなしの北陸新幹線を選ぶことは当然であり、必然乗客が減少したことは想像がつく。

 然し、日本はあまりにも「平和ボケ」していて、経済効率さえよければ、採算が合わない等の理由で、鉄路の廃線を進め過ぎをしていないだろうか?

 新幹線は確かに高速で然も一度に大勢の乗客の移動を実現したが、一方、農産物や工業製品、日常の生活物資等を一度に然も大量に運ぶには在来線による貨物輸送には敵わない。鉄道の利便性と、CO₂を地球環境のためにも減少すべき世情を考えれば、我々は長距離輸送として化石燃料を焚くトラック輸送を抑え、在来線の鉄道輸送の見直しが求められ、在来線を保持すべきではないかの結論にたどり着く。

 仮に大震災等で北陸新幹線、上越新幹線が何らかの事情で運行が出来なくなった折は、都市圏からの北陸地方を結ぶには前記『 』の記述在来線で往来するしかない。
 中京圏の人々も北陸本線、湖西線が不通の場合は、高山本線か、中央線で松本経由糸魚川に出て北陸の都市に行くことが可能である。その意味からしても大糸線は単にローカル線の位置付けではなく、日本の太平洋含岸と日本海を結ぶ縦貫主要幹線である認識を持つべきではないか。

 鉄路は一度廃線をしてしまうと、再び復活することは極めて困難である。取り返しのつかないことをしてはならないと認識すべきである。これはJR大糸線の小谷村の南小谷駅から新潟県の糸魚川駅までの区間に限定した採算上の地域問題ではなく、況や長野県中信地方が抱える問題処理ではなく、日本の万一の非常事態時の国民の安全性と経済流通等の確保をするための俯瞰した国策として、国会で真剣に取り組むべき課題であると考えますが如何か。


テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済