FC2ブログ
プロフィール

佐藤 壽三郎

Author:佐藤 壽三郎
1947年8月生まれ

趣 味 囲碁・歴史考察・墨書

最新記事

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

最新コメント

カテゴリ

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック

QRコード

QR

千曲のかなた: 須坂市議会議員 佐藤壽三郎
「千曲のかなた」の由来は、郷土が全国に誇れる大河 「千曲川」と、千曲川のかなたに連なる信濃五岳、北アルプスや四方の山並を超えて遠望する私のねがいです。  「千曲のかなた」を通じて私は故郷から巣立った青年たちに熱いエールと郷里の情報をおくり続けます。「ふるさとは永久に緑なりき」と・・・
恩師に再会叶えて感涙御座候
恩師と教え子の絆

恩師との会食が叶い、遥々と飯山を訪ねる
千曲川のせせらぎは滔々と越後に流れ入る水面は変わらず
信玄公所縁の綱切り橋は鉄橋の面影なく時の流れを知る
新幹線が敷けるに及んで飯山は気配一変す
飯山は今眠りから覚め信濃の玄関を再認識する街と化す

恩師との約束の会席場に到着し待つこと暫し
やがて恩師は元気よく階段を昇りて来られたる
恩師との数年来の隔たりは忽ちに解消す
恩師と暫し懐古の話に花を咲かせ生あるを喜ぶ
師は九十八の齢を数えられる事に喜び一入なり

歓談の時は瞬く間に流れ退席を余儀なくす
我師の白寿の祝いを催すことの再会を約して
暇をして会席場を離れるに
師は惜しんで我を玄関まで見送り賜るに
将に先生と教え子の絆は千曲の流れと相似たりかと存候




スポンサーサイト

テーマ:ブログ - ジャンル:ブログ

弱音に負けてたまるか
習慣の怖さとありがたさ

夕飯を食べると眠る習慣は、実は二十歳代に努めて身につけたものである・・・
二十歳代は学生時代も通して、余程のことがない限り原則的に生活パターンに変化はなかった。事務所で事務をこなし午後6時事務所を退出。帰宅途中に定食屋で夕食を済ませる。帰宅後に銭湯に行き、湯舟で好きな歌を唄ってリラックス。明日の用意をして21時に就寝して午前零時に起床。4時間深夜に国家試験の受験勉強。午前4時に再就寝し午前7時に起床。8時50分先生のもとへ
この生活パターンは、生涯に亘っての私の基となった。何かに挑戦するときの原動力は、先ず継続できる生活パターンと学習時における集中力できる空間と机(身の回り環境)、然も書斎に寝る所がないのが好条件。この最小必要環境があればこそ目的が成就できるものである。畳敷きの机に座って学習するといつの間にか睡魔に襲われて横になってしまう。この怠け癖や横着を回避するために、無理しても書斎の椅子に座り、眠くなって椅子から転げ落ちても踏ん張る・・・

市議会議員になって、過去20年に亘る議員活動で乗り越えて来れたのは、思えば年4回の一般質問(数えると20年で80回)の質問原稿の推敲や、上程された議案に対する調査・研究、更に議員活動のまとめとして、毎月発行してきた議員活動報告は今月号で数えて242号となる。これらを恙なくこなしてこれたのも、毎日の生活パターンと生活棟とは別の書斎があったからだと言える。様々な思考やアイデアは、己一人が独占できる空間と、相応に対処できる書物や資料等、コピー機、電話やFAXの器機、PCに関する機器等が、手の届く範囲に全てあることが、昼夜を問わず思いついたときに、思考を文字化すことを助けてくれたと言える。

さて、生業の行政書士資格は国家資格であるが故に、国民の要望によって時代と共に資格に付与される内容も変わってきた。40代半ばに入国管理に関わる申請取次業務が加えられ、この業務を手掛けたい行政書士は、東京の武道館で試験を受けることとなった。試験が午前中あったため、都内で前泊して翌朝会場に赴くと、何と場内には全国から数千人の行政書士が試験のために来ていた。数千人が一堂に会しての試験会場は驚きであった。首尾よく合格したが寧ろそれからが大変だった。実務研修のため定期的に上京して研修を受講せねばならなかったからである。受講料、電車賃、前泊を東京都内でしていないと、午前中からの研修に間に合わないのでホテルの宿泊代と予想外の出費に些か閉口したものであるが、二十歳代は東京暮らしであったこともあって、上京することは一向に苦にならず、東京の空気が吸えるのが楽しみであった。

更に齢(よわい)古希を迎えんとするに、行政不服審査法等の改正に伴う、特定行政書士の資格創設とその審査に対する受験勉強が求められた。必然このために一定期間集中して学習をせねばならない。齢を考えてこの資格を受験しようか躊躇したが、行政書士に関わる資格である以上、新設された資格の受験に対する闘志がメラメラと燃えた。この道を生業にする以上回避することは許さないと思っているからである。これも二十歳代に身につけた「生活パターン」と、学習に対する集中力が役だったと言える。

思えば、三十代で所帯を持ち、糊口を凌ぐために行政書士を開業したが、行政書士を生業にすることは、常に業務に必要な第一線級の最新情報と要求される資格を取得しなければならない。行政書士の世界に身を置く以上は、時代の変革に対応して課せられる難題に食らいついて行く覚悟であり、決して老いを理由に尻込みするを愧じる己でありたいと思っている。この思いは議員活動と将にオーバーラップする。なぜならば議員活動は将に全ての行政法分野にまたがるものであるからだ。議員活動は特定行政書士が求められる分野と合致すると言える。

最後に記するを忘れてはいけないことは、わが議員活動、行政書士事務所運営の須らく背後には、女房殿の私設秘書兼補助者としての協力が、陰に陽にあることは事実であり、これを斟酌すると如何せん頭が上がらない。


テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

思い出との乖離
思い出は楽しく美しい

思い出は、楽しかったことはいつまでも忘れずに残り、悲しく切ないことや、余り褒められなかったこと等は、都合よくすっかり忘れるものである・・・
小学校時代の体操の授業での鉄棒の思いでは、余り褒められなかった。腕力がもの言う「逆上がり」は苦手であった。最後の一押しの「鉄棒に腹を滑らせながら鉄棒に体を回しながら押し上げる」コツが、中々難しかった・・・
そして、鉄棒の高さが何とも言えない高く感じ、恐怖感をいたくものであった・・・

議員になって、何かの用事で母校の小学校に足を運んだことがあった・・・
小学校の頃が思い出され、難問の鉄棒の前に立ってみて、「こんなに低かったのか」と驚いたものである。
鉄棒にぶら下がり、体をブランコさせたが、逆上がりをすることは出来なかった・・・

今日は久しぶりに、ラーメンを食べたくて街に出掛けた・・・
スープを口に含むに些か違う。少年時代、高校時代に口に含んだ味ではない。
麺を食べ終えての感想は、違うように感じた。
私は、ふと、小学校の鉄棒を久々に掴んだあの日の心境に何故か近い思いをした。
思い出の中で増幅されていた味覚が溶解していくのを感じた。


東京への一極集中を止めねば地方企業は・・・
今 若者の定住を増やし 県内企業の人手不足解消を図らねば

「日本の人口減少は今後も急速に進み、それに伴い生産年齢人口(15歳~64歳人口)も2020年には総人口の6割を割り込むと予想される。長野県内ではそれより早いペースで生産年齢人口が減少し、2015年から25年間の10年間で12万4千人も減少する。県内企業のうち約半数が人手不足で、2018年度で48%の企業で人材確保が出来ていない。」(引用文献:長野経済研空所・経済月報2018/9月号)

遠望するに、若者が県内の企業に軸足を置く人生観が、県内の企業の人手不足の解消となり、企業の人材確保が叶えば、働き場の存続と生活基盤の安定が図れると私は考えます。

この課題は、過去に幾多の人たちが唱え、憂慮されて来ましたが、崖崩れのの如くこれを止めることはできませんでした。これが最後のチャンスかもしれません。今この時点であらゆる手段を労して、東京への一極集中を止めねば、地方企業は人手不足が原因で会社は操業停止に追い込まれ倒産し、これに併せて地方自治も困窮に追い込まれることは必定です。最も身近な且つ生活のかかった問題です・・・





テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

青春の追憶編 1
幼馴染とは・・・ 小学校・低学年編 その1 

  私の幼少時は、祖母、両親が健在で、三人の姉たちが取巻き、保育園(当時は確か託児所)や幼稚園に通う必要がなかったのか、その経験がありません・・・

 小学校に入学して、私は初めて集団生活の輪に入ったと言えます。毎日決まった時刻までに学校に姉に連れられて行くことが、今までの生活にないので楽しくて仕方ありませんでした。
 登校はまちまちであったが、下校時にはいつも一緒に帰った女の子がいました。あきちゃん(昭枝さん)、くんこちゃん(久美子さん)、みえちゃん(美江子さん)、たえこちゃん(妙子さん)、きよみちゃん(きよみさん)の5人でした・・・

 私はこの5人の少女と3年生まで過ごした訳ですが、私にとっての同級生の中で取分け幼馴染と言える5人でした。くんこちゃんは惜しいことに50歳で亡くなってしまいましたが、この歳になっても、生き長らえている4人との関りは今も続いています。ときに姉のような気遣いを受けると、遠い遠い下校時の数多ある思い出が蘇り、この歳になっても少しも頭が上がらない有様です。なぜ女の子ばかりと帰ったのか?と思われそうですが、家の近くの同級生となった児童が女の子ばかりであっただけのことであります。

 人の世は、「邂逅」という摩訶不思議な回り舞台でありますが、私にとっての第1幕「下校はいつも一緒」の場面は、いわば人生を双六に譬えるならば、将にこれぞ人生の「ふりだし」であり、歳を重ねる毎に「邂逅」のありがたさへの思いは強くなります。